第63話 商売繁盛

 ある日の夕方、シエラは岩屋の前の広場でゴーレム相手の戦闘訓練を行っていた。

その様子は宿泊客である冒険者たちも見ていたが、シエラはあえて見物客に見せつけるようにやっている。

不埒物ふらちものにシローの宿の戦力を知らしめて、ここを襲う気を削いでしまおうという作戦だそうだ。


 シエラを相手に戦っているのはワンダー1号~3号、それからハリー1~2号までだ。

シエラなら全ゴーレムを相手でも互角に戦えるらしいが、あえて全貌を伏せるために他のゴーレムたちは脇で見学させるにとどめている。

五体のゴーレムを相手にシエラは宙を舞うように戦っていた。


「がんばれワンダー!」


 三体のワンダーが織りなすジェットストリームアタックは流麗だったけど、そのすべてをシエラは見切って避けていた。

ハリーの鉄針がシエラめがけて発射されたが、それもシエラは素手で打ち落としてしまう。


「なんて動体視力をしていやがる……」


 俺の横に立っていた冒険者が呆れたように呟いた。


「なあ、アイツをウチのパーティーにスカウトできないか?」


 これじゃあゴーレムの戦力を見せつけるというより、シエラの実力を見せつけていることにならないか? 

とはいってもウチの用心棒の力を宣伝するのも悪いことではないのだろう。


 すべての鉄針を打ち尽くしたハリー1号が俺のところへトコトコと駆けよってきた。

体中の針がない丸禿げ状態なので、その姿はよくわからない生物になっている。

失われた針は魔力を与える、魔石を食べさせる、修理する、のいずれかでまた生えてくる。

人目もあるので今は魔石を食べさせておいた。


 シエラはこれまでも冒険者パーティーに誘われていたが、本人はまったく興味がないようだ。

一日中岩屋の木陰に置いたハンモックで本を読んだり、俺と一緒に釣りに出たりして過ごしている。

店が忙しいときはブツブツ言いながら手伝ってくれたりもした。

もはやお客さんじゃなくてスタッフの一員のようになっているな。

普段は俺のことを「兄上」とか「お兄様」などと呼んでいるので冒険者たちは本当に俺たちが兄妹であると勘違いしているようだ。

どう見ても人種が違うだろう? 

そう思ったのだが、この世界は混血が進んでいて兄弟でも見た目が大きく違うなんてことはざらにあるらしい。

ルルゴア帝国が他民族国家を占領していった結果だと聞いて納得した。


 シエラとゴーレムの戦闘訓練は続いていたが、そろそろタイムリミットだ。


「シエラー‼ そろそろお店を開けるから訓練はそこまでにしてっ!」


 みんなあっけにとられて見ていたからもう十分だろう。

これまでだって店で俺のお尻に触ろうとした冒険者の手を氷漬けにしたり、売り上げを盗もうとしたシーフをハリーが釘付けにしたりと、シローの宿の実力はかなり広く知られているのだ。


「ほら、シエラも椅子を並べるのを手伝って」


 最近では岩屋の中だけでは足りなくて、晴れた日はビアガーデンよろしく屋外にテーブルを置いているのだ。

調理やサービスを担当するゴクウを二体も追加作製したくらい忙しかった。

冒険者も島のダンジョンに慣れてきたせいか順調に稼ぎを上げていると聞いた。

その反面、弱い人たちが死んでしまったという事実もあるのだが……。


「男将! もういいかい?」

「いらっしゃい! お好きなテーブルへどうぞ」


 常連になったガチムチ戦士お姉さん六人組が姿を見せた。

ぱっと見はバランスの悪そうなチームなんだけど、この島のダンジョンではトップクラスの成績を誇る優秀なパーティーなんだって。

一人一人が遠距離の弓攻撃から近接戦闘までをそつなくこなす優秀な人材らしい。


 気のいいお姉さんたちで、酔って暑くなるとすぐに裸になる癖があるところも大好きだ。

筋肉の上に乗っかっている胸もいいものだと思う。

いや、むしろ美しいと思う! 

俺のストライクゾーンは相変わらず広いのだ。

ただ、酔いが進み過ぎると俺のことを「お兄ちゃん」と呼び始めて、幼い口調になって甘えてくるところだけは引いてしまうのだが……。


「これ、お裾分け。きょうはコカトリアスが三体も狩れたからさ」


 マッチョお姉さんたちは大きなモモ肉の塊をくれた。


「ありがとう。これは焼き鳥にして後で持っていくからね」


 ゴクウに肉を渡すと、心得顔で調理場の方へ持っていった。

ゴクウもいっぱい学習していて、俺が細かく指示を出さなくても料理を作れるようになっている。

肉を切り分けて串打ちをするなんてお手の物だ。

焼き鳥は塩だけでなくタレも人気がある。

ジャパニーズバーベキューソースは異世界でも通用するようだ。


 続いてマスター・エルザがギルド職員の皆さんを引き連れて現れた。


「やあ、シロー。10人なんだけど席を頼む」


 珍しく団体さんでやってきたな。


「いらっしゃいませ。何かのお祝い事ですか?」

「そうじゃないさ。予定では明日辺りに次の船がやってくるからね。これからまた忙しくなるんだよ。皆には英気を養ってもらおうと思ってね」


 次の船が来るということは新しい冒険者がやってくるということか。


「まずは冷えた白ワインを貰おうか。食事の方は適当に頼む」

「承知しました」


 前菜にはエビとホタテのテリーヌを用意してある。

これは親父の得意料理だったんだよな。

こんな世界にやってきてしまったけど、料理をしていると家族のことを思い出す。

料理は好きだったけど妙な反抗心から実家のレストランでは働かずにサラリーマンになった。

兄貴もいたしね。

でも、本当は親父もお袋も俺に厨房を任せたかったみたいだ。

俺が異世界で料理をしていると知ったら、両親は喜んでくれるかな……?


「こんばんは」


 新たなお客がやってきて、ぼんやりしていた俺は我に返った。


「いらっしゃい!」


 父さん、母さん、俺は異世界でも元気で楽しく暮らしています。


   ♢


 モンテ・クリス島に新たな冒険者を乗せた船団が到着していた。

今回は642人の冒険者と72人の商工業者、3人の男娼がこの島に上陸する。

ちなみに前回の船でやってきた冒険者の内128名が既に死亡している。

また、この船で64名の冒険者が帰還することが決まっていた。


 盛んに荷下ろしがされている海岸の雑踏を縫って、二人組の冒険者が島に降り立った。


「へぇ……これが姉さんの言ってたダンジョン島ですかい」


 若いおさげ髪の女はきょろきょろと辺りを見回しながら大柄な女に声をかけた。


「ああ。アタシが見つけた時はダンジョンの存在は知られてなかったんだけどね。まあ、こうなっちまったら仕方がない。ギルドを通して仕事をするしかないね。さて……私は少し寄るところがあるから……」


 おさげはくりくりとした目を細め、ニヤニヤと笑った。


「ついに憧れのシローさんと感動のご対面ですか? ニクいですねぇ」

「バ、バカっ! そんなんじゃない。シローは私の命の恩人で……」

「はいはい、とにかくその人のところへ行きましょうよ。私も長い船旅でくたびれました。なんだかお腹がも空いてきたし。ねっ、セシリーの姉さん!」


 赤髪の女は不安そうに頷いた。

それから服を整え、髪に手櫛をいれる。


「お、おかしなところはないかな?」

「大丈夫ですって。だいたい男なんて大きな乳に目がないんです。姉さんの爆乳があればどんな男もイチコロですって」

「そ、そうか? だが、でかすぎる女は嫌われると酒場で聞いたぞ?」

「そんなの胸の小さい女のやっかみですって。シローさんだって姉さんの胸に喜んでむしゃぶりついていたんでしょ?」

「シローとはそんな関係じゃないと言ってるじゃないか! アイツとは……」

「はいはい、何でもいいから早く日陰に入りましょうよ。ここは暑くて死にそうです」


 女海賊セシリーは、冒険者として再びモンテ・クリス島の土を踏んでいた。

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