第66話 あと五分あれば……

 それまでガヤガヤと女四人で喋っていたのに、サバサンドを持って入っていくとみんなは一様に黙りこくってしまった。


「どうしたの?」

「こ奴らが猥談わいだんをしていただけだ、気にするな」


 シエラの言葉に納得してしまう。

俺だって学生時代に交わしたようなボーイズトークを女子の前では披露できないもんな。


「わ、私はそんなことはしていない!」


 生真面目なセシリーが席を立ちあがったけど、俺はそれを手で制した。


「わかってるって。とにかく冷める前に食べてしまおうよ」


 ゴクウたちが皿を並べ、冷やしたトロピカルティーをグラスに注いでいった。

パイナップルをベースとして、この島でとれる果物で作ったフルーツティーだ。

とてもいい香りがして飲みやすい。

茶葉はマダム・ダマスの店で購入してきているので、ここではちょっとした高級品でもあった。


 食事中には卑猥ひわいな話もでず、みんながお行儀よくサンドイッチを食べていた。


「それで、セシリーは今後どうするつもりなの?」

「もちろんダンジョンで稼ぐつもりだ。ルージュはこう見えて結界魔法の使い手だしな」


 セシリーが攻撃を担当、ルージュが防御を担当するわけか。


「結界魔法だけじゃありません。双剣の腕前と胸の大きさには自信があるのです!」


 あーはいはい。

そういえばルージュは腰の両側に70センチくらいの剣をいている。


「ふーん、剣も使えるんだ」

「攻めるのは得意なのですよぉ」


 言い方が一々いやらしい。

顔つきも一見地味なのに目が爛々とぎらついていた。


「こんな女だが腕前は確かなんだ」


 セシリーが言うのだから相当なものなのだろう。


「二人はどこで知り合ったの?」

「たまたま同じ駅馬車に乗り合わせましてね」


 その馬車が四十人の野盗に襲われたそうだが、たった二人でこれを撃退したそうだ。


「まあ、それがきっかけで意気投合してこの島へ来たというわけです」


 性格は全然違うみたいだけど二人はウマが合ったようだ。


「あの……」


 モクモクとサバサンドをかじっていたミーナが遠慮がちに手を上げていた。


「どうしたの?」

「その……よろしかったら私をセシリーさんたちのチームに加えてもらえませんか?」


 俺からもお願いしてあげたいけど、ここは黙って成り行きを見守るしかない。

ダンジョン内は死と隣り合わせの世界だ。

部外者にどうこう言う資格はなかった。


「ミーナと言ったね、アンタは何ができる?」


 セシリーはいつもの鋭い視線でミーナを眺めた。


「トラップ外しが得意っす。武器は短弓と短槍を使います。魔法は水魔法と風魔法を少し」


 水魔法が使えるのは大きなメリットだ。

攻撃に関してだけではなく、飲料水を減らせるので持ち込む荷物が大幅に軽くなる。


「あと、自分はもう一カ月以上ここのダンジョンに入っているので案内もできるはずです」

「さて、……どうする?」


 セシリーはルージュに意見を求めた。


「とりあえず一緒に潜ってみればいいと思う。それで様子を見ましょうよ」

「うん、そうだな」

「よろしくお願いするっす!」


 こうしてミーナは新しい仲間を見つけられた。



 その夜は仕事が終わってからも体が火照っていて、なんだか眠れなかった。

ようするにムラムラしていたのだ。

そもそもルージュとシエラが××だの××××だの言ったのが悪い。

二人の会話が耳に残って俺の煩悩をいつまでも刺激してくるのだ。


 ルージュに責任を取ってもらいたいところだけど、それをやったらアイツに負けた気がするし、信頼のおけない相手とは一緒に寝ないと啖呵を切ったばかりだ。

数時間もたたずに前言を撤回するのは恥ずかしすぎる。

だからといってセシリーを口説くのもなしだ。

生真面目な彼女のことだから一晩限りの関係なんて思いつきもしないんじゃないかな? 

今度も結婚の二文字が飛び出てきそうで怖い。

残るはシエラだけど、やっぱりシエラとはそういう関係になりたくないんだよな。

なんでだろ? 

それに俺が口説いたとしてもシエラには断られそうな気もする。


 やっぱり自分で慰めるしかないか……。

ここにあるおかずは調査隊の士官たちが残していったエロ小説とクリス様やグラム様と過ごした記憶だけだ。

新鮮味はないけど実用には十分足りる……。


「ワンダーたちは入り口をしっかり見張っていなさい」


 たとえ相手がゴーレムでも見られているとやりにくい。

戸締りを確認してから服を脱いだ。

すでにマイサンは半分臨戦態勢だ。

箪笥の奥に隠した小説から、今夜の友をチョイスした。

今夜は貴族の女当主がメイドの少年になぶられるお話に決定! 

よし、準備は整った。

今こそあの空へ向かってフライアウェイ! 

ダイブ トゥ ベッドで自主練が始まる。

オ~イエッ! 

……………………。


コンコン


 アテンションプリ~ズとばかりに響く無情のノックに俺は空から地上へと連れ戻された。

無様を晒して現実世界に胴体着陸する。


「は、はい?」


 ドアは開かずにそのまま対応した。


「シロー、私だ」


 シエラがどうして? 

まさか一緒にフライアウェイ?


「な、なに?」

「マスター・エルザが来ている。大至急話があるそうだ」

「わかった。着替えるから居間の方で待っていてもらって」


 あと五分あれば……。

ああ幻の打ち上げ花火、賢者になり切れぬまま俺はズボンを履く。

いっそスッキリしてから行こうかと思ったけど、マスター・エルザの顔がちらついてリトルジョーはモアリトルだった。



 居間の長テーブルを挟んでマスター・エルザとシエラは向かい合って座っていた。

どちらの顔色もかなり悪い。

この島で最も強い二人がどうしたというのだ?


「何かありましたか?」


 マスター・エルザは苦虫を噛み潰したような顔で口を開く。


「殺人事件だ」


 ここでは人が死ぬことは珍しいことではない。

毎日のように何人かがダンジョンで命を落としている。

だけど、人間による人間の殺害、それもダンジョン内部ではなく地上においてとなると初めてのことだった。


「男娼二人が殺されている。どちらもついさっき発見された」


 殺害現場は売春宿の外に設置されたトイレの中だったそうだ。


「どうも男ばかりを狙っての犯行のようだ。他の男娼たちには今夜は客を取らないように伝えてあるが、男将にも知らせておこうと思ってやってきた」

「わざわざありがとうございます」

「うん。ここにはゴーレムや用心棒もいるが、気をつけて」


 マスター・エルザを見送りながら背中に冷たい汗が流れた。


「シエラ……」

「どうした?」

「トイレについてきて」


 だって怖いんだもん! 

ワンダーとハリーだけじゃ不安だよ。


「ん、いっしょに行ってやる」


 その夜は結局シエラが一緒に寝てくれることになった。


「私が横にいる故、安心して眠るがよい」


 かえって眠れないんですけど……。

さっきは最後までできなかったし……。


「どうした?」

「なんでもない」


 一生懸命眠ろうとするんだけど、目を閉じればシエラの髪の匂いが鼻から入ってくるし、目を開ければ小さな顔がすぐ目の前にある。

せめてあの時、あと五分あれば……。

眠れないままに「あと五分」の考えが浮かんでは消えていった。

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