第42話 「うん」としか言わない彼女

 レッドボアの骨からゼラチンを作製できたので、今夜のデザートはマンゴープリンを作った。

ピュレ状にしたマンゴーに砂糖と生クリームを混ぜてゼラチンで固めたものだ。

生クリームは帝国兵が飼っている牛の乳から出たものを頂いた。


「今夜も美味かったよ!」


 食事が終わると士官たちはそれぞれの部屋に帰っていく。

俺はさりげなくグラム様とレインさんを呼び止めた。


「少々お時間を頂けませんか?」

「どうしたのかな?」

「その後、お体の具合はいかがでしょうか?」


 もちろんマッサージのことを聞いているのだ。

質問するとグラム様もレインさんもあたふたとしてから固まってしまった。

ちょうど最後に食事を食べ終わったシェリルさんが食堂から出ていくところだった。


「お、おかげで今朝はスッキリと目覚めることができた」


 どもりながらもグラム様は嬉しそうだ。


「ふ、不覚にも眠ってしまうほど気持ちがよかったよ」


 レインさんも何かを期待するようにこちらを見ている。


「他の皆様には内緒なのですが、今晩はさらに特別なサービスがございまして……」

「特別なサービス?」


 二人同時に唾を飲みこむ音が聞こえた。


「はい。もちろん不埒な物ではなく、完璧な医療行為です(キッパリ) 普段から心労の多いお二人をどうしても癒して差し上げたくて……」

「ま、まあ、それなら……」


 きた! 

きたよーっ! 

大好きな二人に心身ともにリラックスしていただき、同時に俺も楽しめるスペシャルタイム!


「具体的にどのようなサービスなのだろうか?」

「昨日のマッサージにこのオイルを追加したものです」


 ガラスの栓を抜くとリラックス効果のある薬草の香りが部屋に広がった。


「ほぉ、これはいい匂いだな」

「うん、私もこの香りは好きだ」


 作ってよかった! 

すまない、未完成のままキャンセルされたワンダー6号。

だけど、君のおかげで俺の人生はバラ色になっているよ。

次はちゃんとこの世に産み出してあげるから、イケナイパパを許してね。


「それでは少し食休みをしたら私の部屋へ来てください。施術を開始しますからね」


 施術という言葉を特に強調しておいた。


   ♢


 自室に戻ったロッテは落ち着かなく部屋の中を歩き回った。

シローは食休みをしたらと言ったが、何分くらい待てばいいのだろう? 

あんまり早く行ったらがっついていると思われかねないし、だからといって待たせてしまうのも忍びない。

シローの指が自分の肩や腰に触れることを考えると、ロッテはお腹の奥がジンジンとしてくる感覚を覚えた。

いや、シローは医療行為だと言っていたではないか。

それなのに私は何を期待しているのだ。

自戒はしてみるが体の疼きを止めることはできなかった。

今日はいったいどんな風にマッサージされるのだろう……。

そこでハタとロッテは思い至った。


(オイルを使うということは服を脱ぐのか?)


 それはそうだろう。

服の上からオイルをかけることはあり得ない。

だとすれば施術は服を脱いで行われるのだ。


(こうしてはいられないではないか!)


 ロッテは着替えの入ったカバンをベッドの上にひっくり返した。

一番キレイで見栄えのする下着はどれだろう? 

男に裸を見られることくらいはどうということもない。

庶民だったら暑い日は上半身裸でいる女は大勢いる。

貴族はそんなはしたないことはしないが、見られたところで羞恥を覚えるほどのことではない。

だけど、みすぼらしい下着姿を見られるとならば話は別だ。

それだけは何としても避けなければならなかった。


「これが一番マシか……」


 ロッテが選んだのは地味なデザインをした純白のコットン素材だった。

汚れると洗濯が大変そうなのであまり穿いたことのない下着だ。

おかげでくたびれた感じはしない。

自分のような女に出会いなどないだろうと、はなから諦めていたロッテが勝負下着を持っていようはずもなかった。

散々迷ったが、わざわざ服を着替えるのも仰々ぎょうぎょうしい気がしたので下着だけを付け替える。

ついでに言及すればこの世界にブラはない。

鏡に己を映してみるが、そこにいるのはコンプレックスを抱えた低身長のいつもの自分だ。

これ以上はどうつくろいようもないと、ロッテは早々に諦めた。

それでも、シローは私に優しい……。

それがロッテにとっての救いであり、希望でもあった。


「さて、そろそろ行くか……」

 

 廊下に出ると副官のダイアンが待っていた。


「支度はいいのか?」

「はい。たいした準備もいらないでしょう」


 ダイアンの言葉にロッテは疑問を抱いた。

いつも準備怠りないダイアンにしては油断があるのではないか? 

ひょっとするとシローの前で服を脱ぐということを理解していないのかもしれない。

だが、ロッテは深く追求することもなくシローの部屋へと向かった。

そして歩きながら考える。

むしろダイアンのようにゆったりと構えているべきなのかもしれない、それが大人の女なのだろうと。

   


「よくおいでくださいました。さあ、部屋の中へお入りください」


 いつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれたシローにロッテは安堵を覚えていた。

部屋の中は魔導ランタンの優しい光が灯っていて、真っ白なシーツにメローな光を落としている。


「ロッテ様からどうぞ。服はこちらの籠に入れてくださいね」


 にっこりと微笑みながらシローはオイルの入った瓶やタオルを並べていた。


「レインさんも、よろしかったらそちらのルームウェアに着替えてください。より寛げますから」

「なるほど。そうしてみるかな……」


 ロッテとダイアンは申し合わせたように同時に服を脱いでいった。

そしてロッテは驚愕する。

なんとダイアンはオリーブ色のレースをあしらった高級そうな下着を着けていたのだ。

下着は少し小さめでダイアンの大きな下尻が弾けんばかりに飛び出ている。

その姿は力強く、女の目からみても魅力的だった。

ロッテは小声で副官に囁く。


「ダイアン、よくそんな下着を持ってきていたな」

「年の功というやつですよ。私はあらゆる事態を想定してことにあたっておりますから」


 これでは完全に自分が引き立て役だと思ったが、今さらどうすることも出来ない。

だけど、シローは二人の考えなど気にも留めていない様子でロッテをベッドへと導いた。


   ♢


 目の前に下着姿のグラム様とレインさんが並んでいる。

どちらも素晴らしいプロポーションだ。

グラム様はぷにぷにした感じで純白の白い下着が眩しかったし、レインさんは迫力ボディーに落ち着いたレースの下着がよく似合っている。

それぞれが、それぞれの良さを醸し出していた。

俺は自分の興奮を悟られないようにグラム様をベッドに導いた。


「さあ、こちらへどうぞ。今日は心身ともにリラックスしてスッキリしていってくださいね」

「う、うん」

「それでは横になってください」

「う、うん」


 グラム様は緊張のせいか、さっきから「うん」しか言わないな。

ここは軽妙なトークで場を盛り上げてあげないとな。


「…………」


 えーと……どうしよう? 

いや、会話の糸口が思いつかないんじゃない。

なんというのかな……目の前でグラム様が仰向けに寝転がってしまったのだ。

寝転んでも張りを失わないのは素晴らしいと思うが、どうすればいい?

うつぶせになってくださいと言わなかった俺のミスだと思う。

思うけどさ……ミスをした俺、グッジョブ‼ 

ここは何事もなかったかのように振舞うぜ!


「それでは肩の方からマッサージしていきますね」


 明るい声を意識しながらゆっくりとマッサージオイルを垂らした。

そして力を入れすぎないように気をつけながら、ゆっくりとロッテ様に触れた。


「痛くありませんか?」

「う、うん。あっ……い、痛くない……気持ちいい……」


 うっとりと目を閉じて、たまに切なげな声を出すグラム様がとっても素敵だ。

この世界の女の人は胸を見られても全然平気なんだよな。

モンテ・クリス島は暑いから、兵士たちの中には普段から上半身裸の人もいっぱいいる。

あれはありがたみが薄れるからやめてほしいんだよね。

その点、この二人は決して服装の乱れを見せない。

さすがは上級士官さまだ。

その分だけ今日は二人の裸を堪能できて俺の興奮もマックスだった。


「だんだん下に行きますからね。やっぱり筋肉が張っている気がするなぁ」


 毎日ダンジョン探索をしていれば疲労も溜るってもんだよ。


「触れられたくないところとかあったら言ってくださいね」

「うん。……シローに全部任せる。好きにして……」


 そんなこと言われたら俺……喜んじゃいますよ?


「グラム様、全身全霊でご奉仕しますね」


 俺は指先に細心の注意を払って、グラム様の白い肌を丹念にマッサージした。

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