第45話 裏切り者たちの最期 前編

繁華街のはずれにあるロンギン通りの裏路地へ入ると目的の建物はすぐに見つかった。

建物自体は古かったが最近改修がなされたようで扉は真新しいものになっている。

レンガの壁には新しく鉄枠を嵌めた小さな看板がぶら下がっており『三羽のツグミ亭』と書いてあった。ここがブーテンの言っていた店で間違いないようだ。

セシリーは用心深く店の周囲を見回したが路地には灯りもなく人気もない。

 店の扉は締め切られており、今日は営業していないようである。

窓にも鎧戸が落とされていたが、隙間からは室内の明かりが漏れだしていた。

セシリーがそっと窓辺に忍び寄り中の様子を窺うと、ジャニスを中心とした憎き仇の四人は丸テーブルに座って賭けカードの真っ最中だった。


「おっと、その7は当たりだ!」


 ジャニスが嬉しそうに自分の持ち札を広げた。


「またですかい!? 今日の船長の強さは異常ですよ!」


 部下たちに自分のことを船長と呼ばせているジャニスを見て、セシリーの鼻に獰猛な皺がよった。

ジャラジャラとやり取りされる銀貨の音にさえ腹が立ってくる。


「ロイ、ラムをもう一本持ってこい」


 ジャニスが呼びかけると、奥の方からまだ10代後半くらいの若い少年が現れた。

これがジャニスの情夫なのだろう。

綺麗な顔立ちをしていたが、どこか幸薄そうな瞳をしていた。


「ごめんなさいジャニス。さっき出したのが最後の一本だったんだ」


 ロイの言葉にジャニスは驚くほど冷酷な声を出した。


「……部下たちの前で私に恥をかかせる気か?」


 ジャニスの態度にロイは目に見えて色を失った。


「そんなんじゃないんだよ。だけど、ホントにあれが最後で……。この時間じゃあ酒屋はもう閉まっているし……」


 ジャニスは大袈裟にため息をついて見せる。


「まったく……それでも何とかするのが恋人の務めってもんだろう?」


 ジャニスの冷たい視線に見つめられてロイは愛想笑いを漏らしながらたじろいだ。


「さ、酒屋さんの扉を叩いて頼んでみるよ。それでもなかったらどこかの酒場で……」

「それでいいんだ。なるべく早く頼むよ」


 愛情の欠片もない笑みではあったが、ジャニスの表情が和らいだことにロイは安堵して出かけていくのだった。


「船長、あんなに厳しくして逃げられても知りませんよ」


 出かけるロイを横目で追いながらフッチが言ったが、当のジャニスはカードから目を離しもしなかい。


「わかってないねフッチは。男ってやつは最初にしっかりと躾けないとダメなのさ。私が何をしたら喜ぶか、どうすれば気持ちよく過ごしてくれるかを心と体に刻み込んでやらなきゃ」


ジャニスにとってロイは自分にとって都合のいい道具でしかない。


「そんなもんですかね?」

「フッチも男ができたらやってみることだね。最初にキチンと教育してやれば後はこちらの思い通りに動いてくれるものさ」

「思い通りに?」

「ああそうだ。普段の生活でもベッドの上でもね」


海賊たちはジャニスの言葉をよく聞こうとテーブルに身を乗り出す。


「例えばどんな感じなんですかい?」

「アンタらは事が終わった後の後始末をどうしてる? どうせシーツやタオルで拭いているんだろう? 私の場合はちょっと違う、アタシはロイを使うのさ」

「使うって……」

「あいつの口で丁寧に掃除をさせるんだよ」

「そんなことを!?」

 ジャニスは美人で通る顔立ちなのだが、その表情が下品に歪んだ。


 セシリーは海賊たちの猥談を全て聞かずに窓辺から離れる。

そして、家の構造を確認した。

二階建てのこの建物には奴らの他に誰もいないようだ。

ここで乱入して戦っても勝てる見込みは充分ある。

だが用心深いジャニスのことだ、こちらが思ってもみないトラップを用意していることも考えられた。

極大の爆裂魔法で奇襲をかけることも考えられたが、大きな魔力波動はどうしても探知されやすい。

発動前にこちらの存在に気付かれてしまうのも得策とは思えなかった。


(これを使うのがいいかな)


 屋根に上ったセシリーは一つのオーブを取り出した。

銀の台座に紫色の宝玉がついたもので、とある貿易船を襲撃した際に見つけたものだった。

これには失われた古代魔法である重力魔法が封じ込まれており、発動すれば半径8mの範囲で全てがぺしゃりと押しつぶされてしまうという危険なマジックアイテムだ。

伝承では強力なドラゴンでさえその圧力には勝てず、六穴(ろっけつ)から血を噴き出して絶命してしまうほどの威力とある。

しかも、効果の発動は起動してから三秒で相手に気取られる恐れもない。


 セシリーは海賊たちが集う丸テーブルの真上辺りの位置に見当をつけ、オーブを設置した。

起動には僅かな魔力を送るだけで済む。

死にゆくジャニス達に手向ける言葉など思い浮かばなかったが、セシリーは少しだけ虚しい気持ちになり、先ほどのジャニス達の会話を思い出していた。

結局、愛のない人間は幸せにはなれない気がする。

どうしてかは説明できなかったが、欲望のままに生きているジャニス達は、自らが幸福になることを拒否しているように見えたのだ。


「……」


 結局、呪詛の言葉も思いつかないまま、セシリーは魔力をオーブへと送った。

身体強化を使った跳躍で隣の家の屋根へと飛び移ったセシリーが振り返ると、強力な古代魔法がオーブを中心に展開し、家の中央を円形に突き崩しながらガラガラと地中へと沈んでいった。

周囲に轟音が響き渡り、瓦礫からは猛烈な土ぼこりが上がる。

すぐに何事が起こったのかと近所の連中が表へ出てきたが、舞い上がる粉塵のせいで何も見えないようなありさまだった。


 時間と共に視界は晴れ、セシリーは屋根の上から崩壊現場を見下ろした。

ジャニス達がいた部屋は完全に地中に押し込まれ、原型をとどめているものは何もない。

その上、ランプか何かから引火したのだろう。

地中からはチロチロと火の手が上がるのも見えていた。

セシリーは無感動に殺害現場を一瞥すると身を翻した。

これ以上過去にこだわる気もなかったし、一刻も早く新しい人生を送り直したいという気持ちが一秒ごとに大きくなってくるのだ。

これで自分の復讐はなされた。

海賊としての人生も、復讐者としての人生もこれでおしまいだ。

すでに次の生き方も決めてある。

私は冒険者になる。

冒険者になってモンテ・クリス島のダンジョンに潜るのだ。

冒険者では真っ当な人生とは言えないかもしれないけど、少なくとも犯罪者ではない。

名を成し、金を貯めて、いっぱしの家庭を築くことだって不可能ではないだろう。

セシリーの脳裏に一人の男の顔が思い浮かぶ。

それだけで、セシリーは夜明けが待ちきれないような気持になるのだった。

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