第8話 上陸
入り江となった砂浜にボートは乗り上げた。
すぐにロープを出して水辺に生えていたヤシの木に舟を繋ぐ。
本物のヤシの実を見るのは初めてだ。
ぼんやりとヤシの実を見上げていたら、跳躍したクリス様がヤシの実を三つ切り落としてくれた。
「シローの創造魔法があるとはいえ食料の確保は生存の基本だからな」
「はい。これは日陰に隠しておきましょう」
さっき水を飲んだばかりだからまだ咽喉は乾いていない。
「少し落ち着いたら周囲を探ってみよう。人家があればここがどこなのかを聞けるし、無人島なら凶悪な魔物がいることも考えられるからな」
「魔物ですか……」
「そうだ。ほら、あそこにスライムがいるだろう」
示された先を見ると砂浜の緑地にぷよぷよしたゼリー状の物体がプルプルしていた。
大きさは人間の頭くらいある。
「あれがスライムですか!」
驚く俺を見てクリス様は不思議そうな顔をしていた。
「シローはスライムを見るのは初めてか?」
「はい。ゲームの中とかで見たことはあるけど、本物は初めてです」
「ゲーム?」
ゲームは知らなくて当然か。
「絵で見たことがあるだけなんです」
「スライムの絵などというのがあるのか。シローの国は変わっているな」
俺にとってはスライムがリアルでうろついている方が変わっているよ。
「危険はないのですか?」
「こちらから近づかなければ平気だ。びっくりすると消化液をかけてくることがある。すぐに洗い流さないとヒリヒリするし、肌が荒れるぞ」
その程度の脅威なんだ……。
「スライムは益魔(えきま)だ。人間の排泄物やゴミを食べて分解してくれるからな。むやみに殺してはいかんぞ」
なるほど。
害虫を食べてくれる蜘蛛みたいな存在だな。
蜘蛛も蚊やダニを捕食してくれる益虫だもんな。
水の入ったツボとヤシの実を草むらに隠して探検に出かけた。
海から見たこの島には人家などは見当たらなかった。
身体強化で視力を上げたクリス様の目にも人工物は映らなかったそうだ。
おそらくここは無人島だろうというのがクリス様の予想だった。
海岸線に沿って進んだけど、途中には断崖絶壁や、人の侵入を許さないほど植物が生い茂った場所がたくさんあった。
その都度、クリス様が俺をおんぶして運んでくれた。
成人男子をおんぶしたまま10メートル以上をジャンプしたり、木から木へと飛び移れるなんてとても人間業とは思えない。
そんなこんなで俺たちは半日かけて島を一周した。
その間に握りこぶしくらいのパンを4つ作成できた。
他にも野生のバナナやマンゴーを採取できたので、レインウェアのフードに入れて持ち帰った。
後でバッグや袋のようなものを作製しなくてはならないな。
探検の結果わかったことだが、島の一周はおよそ25キロくらいで、それほど大きな島ではなかった。
そしてやっぱり人が住んでいる形跡はなく、無人島ということが確定した。
真ん中の方に小高い山がそびえているが標高は200メートルもないと思う。
「さて、今夜の寝る場所を確保しなくてはならないが、先に果物を食べよう。いっぱい歩いてお腹が減ったからな」
「それでは、これも召し上がれ」
バナナやマンゴーと一緒にまだホカホカと湯気を立てているパンも取り出した。
最初の方に作ったやつはもう冷めていたけど、最後のパンは10分前にできたばかりだ。
「これも、シローの創造魔法で作ったのか……」
「はい。初めて作ったのでどんな味かは私もわからないのですが」
ここで俺はちょっとおちゃらけてみた。
「初めてだから味の保証はできないけど、一生懸命作ったぞ!」
頑張る可愛い男の子を演じてみた。
クリス様の反応はどうかな?
「か、かわいい……」
おっ、好反応ですな。
「さあ、食べましょう」
「う、うむ」
海岸のヤシの日陰に座り、パンと果物を食べた。
知らなかったんだけどバナナって種があるんだね。
黒い大粒の種がたくさん入っていた。
野生のバナナってこんな感じなのかな。
味はフィリピンバナナよりも台湾バナナに近い感じで濃厚な香りを持っていた。
マンゴーも完熟ですごく甘みが強い。
「このパンは実に美味いぞ。王宮で食されるものと比べても何ら遜色(そんしょく)がない」
確かにこれは美味しい。
いわゆる丸パンなんて呼ばれシンプルなパンなんだけど、もっちりとした食感や小麦の風味がとても良い。
大量生産できるなら、この世界でパン屋として生きていけそうなくらいの出来だ。
ただ、フルーツやパンは美味しいのだけどやっぱり魚や肉も食べたいと思ってしまった。
弓矢などで狩猟をするのは俺にできるかわからないけど釣りくらいなできそうな気がする。
なんせ喋るヒラメを釣り上げてしまったくらいなんだから。
作成リストに釣竿も入れておかなくてはならないな。
午後も創造魔法でパンを作りながら山の方へ探検をした。
先ほど海岸を回ったときに小川を見つけたのでそれを遡上するように斜面を上がっていった。
やがて俺たちは大きな岩盤地帯に出た。
「ここら辺に洞窟があると便利かもしれんな」
「そうですね。川からも適度な距離だから水くみにも都合がよさそうです」
あんまり水場に近いと虫が多そうだから、少しは離れていないとダメだと思う。
マラリアなんかに罹ったら大変だ。
早いところ薬品作製を覚えて安心したい。
「でも、都合よく洞窟なんてありませんね」
周囲を見回したけど平べったい岩がごつごつとしているだけだった。
「なに、なければ作ればいいだけのこと」
いつものようにクリス様の手が赤く輝いていく。
そしてスパスパと岩塊を切り崩していくではないか。
そりゃあもう「また、つまらぬものを斬ってしまった……」なんて言いだしそうなくらいの切れ味だった。
クリス様が岩屋を作っている間に俺は海岸の荷物を取りに戻った。
草むらに置いてきたツボとヤシの実だ。
この辺には危険生物はいなさそうなので俺一人でも大丈夫だろう。
帰り道に新たなバナナもゲットできてホクホクだった。
戻ってみると、立派な岩屋が完成していた。
「どうだ、シロー。このくらいの広さがあれば足りると思うのだが?」
岩屋の入り口は長方形に切断され、正方形に切り取られた窓もついている。
中は16畳くらいの広さだ。
「じゅうぶん過ぎますよ。あっ、石でベッドとテーブル、それに椅子も作ったんですか?」
「ついでだったからな」
壁際にはファミレスのボックス席のようなテーブルと椅子も出来上がっていた。
これなら食事をする場所にも困らない。
持ってきたツボやヤシの実をテーブルの上にセットした。
「あとはベッドに敷く物が欲しいですね。後で使えそうな枯草でも探してきますね」
「それは私がやろう。先ほど枯れたヤシの葉を見かけた。ついでに獲物がいないか川の方を見回ってくる」
先ほど、小川のほとりで動物の足跡をたくさん見つけた。
シカやヤギ、イノシシなんかの足跡だそうだ。
こういった動物は夕方になると水を飲みに川へやってくることが多いそうだ。
うまくいけば今夜は肉が食べられるかもしれない。
調味料は海水から真水を作ったときに出た塩があるから、今夜はそれを使えばいいだろう。
MPと時間に余裕がでてきたらバジルやタイムなどのハーブとかを作製してみようかな。
「獲物が獲れるといいですね。自分は収穫物を入れるバッグを作りたいので、素材として使えそうな植物を探してみます」
パンはもう3個できている。今は最後の1個を作製中だ。
現時点で取得経験値は72/100になっている。
このパンが出来上がればプラス6の経験値だから78/100、レベルアップまではもう少しだ。
パン作製終了まで00:21:17
素材を探しながら森を歩けばすぐに時間は経ってしまうだろう。
俺たちは別行動を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます