第106話 スパへのお誘い


 翌日は日が高くなってから目が覚めた。

 カーテンのすき間から見える日差しがまぶしい。

 卓上のベルを振るとすぐにレン君が入ってきた。


「おはようございます。サナダ夫人はお目覚めが早いのですね」

「もう十時過ぎているでしょう?」

「昼前にご起床の方がほとんどですよ」


 貴族たちは夜中まで遊んで、お昼時に目覚めるそうだ。

 退廃的な生活をしているんだなあ。


「コーヒーを持ってきてくれる」

「承知いたしました」


 まだぼんやりとしているから、頭をすっきりさせるとしよう。

 それからプレゼントのチェックだ。

 花は飾ってもらったけど、他には何があるのだろう?


 ベッドの中に入ったままカフェオレを飲んだ。

 こういうだらしのない生活もたまにはいいな。

 俺はカフェオレをすすりながらレン君にプレゼントを開けてもらう。


「うわあ、こちらはチェムズ・ロッシェのチョコレートですよ」


 箱入りのチョコレートを見てレン君が興奮している。


「めずらしいものなの?」

「ものすごい高級品です」

「ひとつ食べてみようかな」


 ほお、口当たりのよいガナッシュとカカオの香りが口の中に広がっていく。

 そういえばモンテ・クリス島ではほとんどチョコレートを食べなかったな。

 嫌いとかじゃなくて、あそこは温暖な気候でチョコレートがすぐにとけてしまうからだ。

 久しぶりに食べるチョコレートはとても美味しい。


「レン君も食べてごらんよ」

「そんな、恐れ多い……」

「どうせ俺一人じゃ食べきれないさ」


 ひとつ摘まんで手の上にのせてやると、レン君はこわごわそれを口に入れた。


「チョコレートを食べるなんて初めてです」

「そうなの?」


 原料のカカオは帝都から離れたところで産出されるので庶民が買えるようなものじゃないそうだ。


「とても美味しいです」


 レン君は顔をほころばせて喜んでいる。

 レン君は俺にとてもよくしてくれる。

 そりゃあ仕事だからということもあるのだろうけど、レン君のサービスには温かみがあるのだ。

 こういう子が宿を手伝ってくれればいいんだろうなあ。

 俺は残りのチョコレートを箱ごとレン君に渡した。


「よかったらこれを持っていって」

「そ、そんな……」

「ご家族とか友だちと一緒に食べてよ」

「ありがとうございます。弟や妹が喜びます」


 レン君は深々と頭をさげた。


「サナダ様はたいへんおやさしいのですね」

「そう? 気前のいいお客さんは他にもいるんじゃない?」

「たしかにいらっしゃいますが、サナダ様ほどフレンドリーではございません。それに、女性客の場合ですと、私の体が目的のことも多いので……」

「ああ、そういうことね……」


 この世界では女が男にセクハラをすることの方が多いわけか。 

 島の宿ではさんざん口説かれたからよくわかる。

 お尻へのタッチなんて日常茶飯事だったもんね。

 俺は気にしないけど、レン君のような普通の男の子だったら耐えられないのかもしれない。


「そっちの箱はなにかな?」


 俺は努めて明るく話題を変えた。

 他のプレゼントは化粧品や小物などが多かった。

 こう言ってはなんだけど、自分で作るものの方が品質は高いようだ。

 素材として使えるのでありがたくいただいておくとしよう。

 全員の名前は覚えられないけど、会ったらお礼を言わないとな。

 みんなにいっぱいくらいご馳走するのもいいだろう。

 

 リゾートでの朝を怠惰に過ごし、お昼はパルメットさんやリーアンたちと一緒に食べた。

 パルメットさんの体調はすっかりよくなっているようで安心した。

 念のために予備の強心剤を作っておいたけど、もう必要ないかもしれないな。

 とにかくこれで一安心である。

 お昼ご飯を食べ終わるとリーアンからスパに誘われた。


「混浴もあるからシローちゃんと一緒に入りたいなあ」

「リーアン、エッチなことを考えていない?」

「私が? とんでもない!」


 リーアンは大げさに否定する。

 こういうところがしらじらしいんだよ……。

 ちなみに俺はエッチなことを考えているぞ!

 もうすでにワクワクがとまらないもん。


「スパってみんな裸なの?」


 期待を込めてたずねたのだがリーアンは焦っていた。


「ここは島とは違うんだよ。とうぜんみんな水着を着ているさ」


 それは残念だ。

 ああ、ダンジョン調査隊の兵隊さんたちで溢れていた島のヌーディストビーチが恋しい。

 でも、水着というのも悪くないな。

 きっと目の保養になるだろう。

 そして見せたがりとしては腕の見せどころでもある。


「みんなどんな水着を着ているのかな?」

「レンタルもあるし、ホテルの売店にもあるよ。よかったら私がプレゼントしようか?」


 俺はリーアンのわき腹を肘でこづいた。


「どうせエッチなのを選ぶんでしょう?」

「はは……、そんなことしないって」

「前に自分が押し付けた下着のことを忘れたの?」

「あ、あれは軽い冗談だって」


 冗談?

 かなり気合の入ったエロ下着だったけど……。


「よく言うね。水着は自分で用意するからいいよ。スパのときの楽しみにとっておいて」

「それもそうだな。じゃあ、シローちゃんの水着を期待しながら走ってくるか」

「運動?」

「休暇中でも鍛錬は欠かさないんだ」


 チャラ女もこういうところだけ真面目なんだよな。

 俺はリーアンと別れて売店へと足を延ばした。

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