第5話 道具を作る
ことが終わるとクリスティアナ王女は俺を腕枕しながら寝台に横たわった。
王女様は手枷をされているので、さながらヘッドロックをされて、強引に顔を胸に押し付けられているような体勢だ。
はい、なんの文句もございません。
「よく頑張ったなシロー。おかげで大満足だ。私のことはクリスと呼べ。よいな」
「はい、クリス様」
「これでこの世に思い残すこともない……か……」
なんか完全に
この場合は側男?
王女様は美人だし優しいし、相性も最高だったので言うことはないんだけどね。
疲れてしまったのかクリス様は微かな寝息を立てて眠ってしまった。
俺だってクタクタだ。
それにしても、肌を重ねると情が移ってしまうものだな……。
この人は三日後に処刑されてしまうのだ。
それだけは嫌だと思った。
ただ、手がないわけじゃない。
クリス様を縛るこの手枷さえなければチャンスはあるはずなのだ。
検索ワード ヤスリ_____
お、あるじゃないか!
####
作製品目:ヤスリ(Lv.1)
カテゴリ:道具作製(Lv.1)
消費MP 46
説明:鋼の表面に細かい溝を刻んで、焼き入れした工具。
作製時間:36時間
####
俺の保有MPだと本来は作れないはずなんだけど、小窓の鉄格子を利用すれば消費MP25、作製時間も28時間で作れるようだ。
さっそく作ってみよう。
魔法を発動すると窓にはめられていた鉄棒が一本消えてしまったが、多分気づかれることはないと思う。
上手くいけば28時間後、つまり明日の夜くらいには出来上がるはずだ。
でも、一日ってここでも24時間なのかな?
作製終了までのカウンターを見る限りそんな感じがする。
ヤスリ作製終了まで 27:59:31
確信はなかったけど俺の腕時計の針が正午を指して数分後、外から鐘の音が響いてきた。
きっとあれも昼を知らせる合図なのだろう。
だとしたらこの場所と地球は同じような時間の流れになっているのかもしれない。
確かめてみたかったのだが真相を知るであろうヒラメはどこにもいない。
文句をつけたいところだが、目の前で安らかな寝息を立てているクリス様を見るとそんな気持ちも失せた。
寝息と共に大きな胸が上下している。
地球では社畜のように働いていた。
今は側男として牢屋に閉じ込められている。
いったいどちらが幸せなのだろう?
よくわからない。
わからないまま、クリス様の横にそっと添い寝をしてみる。
なんとなくこちらに軍配が上がる気がした。
夜になって食事がもたらされた。
激しい運動の後でお腹が空いていたけど、食事内容はあまりよろしくない。
硬いパンと薄い野菜スープだけだった。
俺の魔法には食料作成もあるわけだけど、今のところ作れそうなのは水とパンだけだ。
素材があれば少ないMPでもなんとかなりそうだけど、無から何かを生み出すのは大変なのだ。
パンだけはこの世界の主食ということでボーナス的に消費MPが少ないと書いてあった。
レベルが上がれば豪華な食事も作り出せるようなので今から楽しみでもある。
ここを逃げ出せればどこでだって生きていけそうだ。
そのためにもまずはクリス様の手枷を切るヤスリの作成が急がれた。
ヤスリ作製終了まで 21:57:05
まだまだ先は長いな。
ヤスリを作っている間にパンを作ることができないかと試してみたが、マルチタスクには対応していなかった。
同時に二つのアイテムを作製することは無理みたいだ。
もっとも魔法レベルが上がればそれもわからない。
いつかは同時進行で複数のアイテムを作製なんて日もやってくるのだろう。
ガチャガチャと手枷を鳴らしながらクリス様はスープを飲んでいる。
硬いパンはちぎってスープに浸していた。
三日後には死刑が決まっているのに随分と肝の据わった人だ。
「どうした?」
「いえ、食欲がおありのようなのでびっくりして」
「フフッ、どうせなら最後まで諦めたくなくてな。チャンスはいつ訪れるかはわからんものさ。こんな気持ちになれたのもシローを抱けたおかげかもしれないな」
「そ、そうですか?」
「うむ。お前は不思議な男だな……。閨の中でも積極的だったし、思いやりも感じた。お前のような男は初めてだ」
自分の欲望に忠実に振舞っただけなんだけど……。
そりゃあ、一緒に気持ち良くなりたいと思ったから一生懸命頑張ったんだよね。
それにクリス様はああしろ、こうしろと注文が多かった。
はい、勉強になりました。
「シロー……」
「はい?」
「私が必ずここから出してやる。お前を奴隷にはさせんよ」
その言葉が嬉しくて涙が滲みそうになった。
大丈夫、時間までにはヤスリは出来上がるはずだ。
まずかったけど体力をつけるためにも、食事は残さず全部食べた。
牢獄生活二日目。
小さな窓から朝日が差し込んでいる。
時刻は6時10分だ。
やっぱりこの場所の時間の流れは地球と同じようだ。
ヤスリ作製終了まで 15:15:27
創造魔法の方も順調に進んでいるようだ。
「おはよう、シロー」
「あっ、おはようございますクリス様」
射し込む朝の光の中でクリス様が微笑んでいた。
こうやって改めてみると本当に美しい人だと思う。
「身繕いを手伝ってくれ。帝国も朝食くらいは差し入れてくれるだろう。このような恰好では飯も食べられないからな」
クリス様のシャツは前が大きくはだけたままだ。
こうやって美人の王女にかしずくのも悪くない気がする。
少し照れながら身繕いをしてあげると、クリス様は嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
朝食が終わると、クリス様は難しい顔をしてずっと何かを考えているようだった。
俺もパネルを開いて道具作成についていろいろと調べていく。
####
創造魔法 Lv.1
取得経験値:4
MP 40/40
食料作製Lv.1(EXP:4/100)
道具作製Lv.1(EXP:0/0)
武器作製Lv.1(EXP:0/0)
素材作製Lv.1(EXP:0/0)
ゴーレム作製――
薬品作製――
その他――
検索ワード_________
####
俺の創造魔法にはいくつかのカテゴリがある。
食料作製、道具作製、武器作製、ゴーレム作製、薬品作製、その他、といった具合だ。
食料、道具、武器の作製にはレベルがついていて、今のところどれもLv.1だ。
だけどゴーレム作製と薬品作製にはレベルがついておらず、どうやら現時点では使えないことがわかった。
きっと創造魔法のレベルが上がるか、他のカテゴリのレベルが上がるかしないと使用不可能なのだろう。
取得経験値が4になっているのは水を作製したからだろうな。
創造魔法全体の取得経験値の他に食料作製レベルの後ろにもEXP:4がついている。
つまり、同じカテゴリを使えば使うほどカテゴリごとのレベルが上がるということだな。
夕飯が運ばれてきたのは18時ちょっと過ぎだった。
昼ご飯はなかったのでやっぱりお腹が空いている。
相変わらずのスープとパンだったけど、オレンジが6個もついていて、それはとても美味しかった。
だけどクリス様は食欲がないようだ。
やっぱり処刑のことを考えると食も進まないのだろう。
牢屋の中はほとんど真っ暗だった。
重い扉の前では松明が焚かれているようで、監視のための小窓からわずかな光が漏れてきている。
時刻はそろそろ21時を越えようとしていた。
周囲はしんと静まり返り物音はあまり聞こえない。
時折、ドアや窓の向こう側で警備の兵士が歩き回る靴音だけが聞こえてくるだけだった。
食事が終ってからもずっと青い顔をして、何かを迷っている様子のクリス様だったが、突然に意を決したように立ち上がった。
「シロー」
「どうしました?」
「少し手伝ってほしいことがあるのだ」
俺はクリス様の迫力に押されてゴクリと唾を飲んだ。
「なんでしょうか?」
「これから少し暴れるから、寝台を降りてくれ」
暴れる?
まさか、牢番を襲うつもりか?
でも扉には鍵がかかったままだ。
襲撃するにしたって外に出られなければ無理じゃないか。
唯一扉が開く食事時だって、完全武装の兵士が6人がかりで運んでくるのだ。
それくらいクリス様を恐れているということだろうけど、魔法を封じる手枷をつけられた状態じゃ敵いはしないらしい。
あれこれと心配したが、どうすることもできない俺は素直に寝台からどいた。
クリス様は寝台の前に立ち格闘技の構えを取って呼吸を整えている。
そして、いきなり鋭い蹴りを放った。
バキッ!
音を立てて寝台の脚が折れていた。
10センチくらいはありそうな角柱が折れちゃうのっ!?
クリス様は折れた角材を拾い上げ、満足そうに頷いていた。
角柱の切断面は縦に裂け、鋭利に尖っている。
「いきなりどうしたんです?」
「うむ。これを使って手首を落とそうと思う」
はい?
「なに、手枷が抜ければ魔法が使える。治癒魔法は使えないが傷口を火炎魔法で焼けば止血はできるだろう」
「そ、そ、そんな……」
「最初の一撃でなるべく骨は破壊するようにするから、シローは繋がっている肉や皮を引きちぎってくれ。片方が抜ければ魔法は使える」
こっちは人との争いごとや、献血をするだけで気を失いそうになる生粋(きっすい)のヘタレだぞ。
そんな俺になんてことを頼んでくるんだよ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます