第12話 海賊

 大慌てで小川の水で焚火を消した。

それから、イワオを岩屋の入口に待機させて海岸へと戻る。

船の姿はさっきよりも近づき、姿もはっきりとしてきていた。

いま砂浜に出たら、船からだってこちらの姿を確認されてしまう距離になっている。

船にはどんな奴らが乗っているんだろう? 

これからは望遠鏡も必要だな。

いずれ作成したいアイテムリストとしてメモしておこう。

……そういえば、ここには紙もペンもなかった。

作成するのならこちらが先か。

文明的な生活はまだまだ先になりそうだ。


 茂みの中に隠れながら観察していると、船は島の沖合に停泊した。

錨を沈めている様子がうかがえる。

きっと水位が低くてこれ以上は入ってこられないのだろう。

船の底を擦ってしまうからね。

船上で働く人たちが小さく見えるけど、やっぱり女の人ばかりのようだ。

服装はパンツルックばかりでスカートの人間は見当たらない。

この世界の女の人はスカートを履かないのかな? 

あ、そういえばクリス様を捕らえた女貴族はスカートを履いていたぞ。

きっとスカートは身分の高い人の礼服みたいな感じなのだろう。

それにしてもあの人たちはどういった集団なのだ? 

兵士のような制服を着ているものは一人もいない。

ひょっとして漁師? 

もしかして海賊? 

服装からは判断できないなぁ……。

上半身は全員がTシャツのようなものだし、中には何にも着ていなくて肌を露出させている人もいる。

赤く焼けた肌が艶めかしくみえるけど、ここで興奮したら負けだ。

近くで見るまでどんな人かはわからないのだ。

ひょっとしたら海賊かな……。

そうでないことを祈るけど、こういう予想というのは悲しいくらいに的中するものなのだ。


 船員たちの中で二人だけマトモな服装をしている人がいた。

映画の中で船長が着るような服を着ている。

周りの人にあれこれと指示をしているようだから、きっとこの二人の内のどちらかが船長なのだろう。

もう一人は副船長とか航海士長とかかな?

 やがて、船から一艘のボートが降ろされた。

やっぱりこの島に上陸する気のようだ。

船長らしき二人と船員8人がボートに乗り込んでいた。


 海岸に上がると船長らしき人物はキビキビと部下に命令を下していた。


「アン、ルイス、ボートをしっかり繋いでおきな! ヒラリー、サッチャー、アンタたちは船から見えた川の位置を確認してくるんだ。残りは私と一緒に島の調査だよ。獲物がいるようなら狩るからね!」

「へい、船長!」


 やっぱりあの赤髪の女が船長らしい。

褐色の肌をして目つきはかなり厳しいけど、なかなかの美人だ。

大柄な体で身長は俺より少し大きいくらい。

バストはクリス様を上回るボリュームだった。


「なかなかいい島ですね船長。海軍に追われている私たちにとっては地図にも載っていない場所を見つけられたのはラッキーでした」


 唯一色白の女が船長に話しかけている。

こいつは仲間から副船長と呼ばれていた。

副船長もけっこう美人だけどちょっと意地悪そうな印象を受ける。


「そうだね、ジャニス。丁度いい隠れ家が見つかったというもんさ。ここを新しい根城にしてもいいくらいだな」


 海軍に追われている? 

新しい根城? 

やっぱりこいつら海賊じゃないか! 

この島に住むつもりなのか? 

それはちょっと困るよ。

犯罪者が隣人とか、本当にやめてほしい。

なんとか帰ってくれないかな。


「おらっ、グダグダしてないで、さっさと探索に行くよっ!」


 船長がその場に腰を下ろしていた部下を叱り飛ばして歩き出した。

俺が隠れている場所の近くを通ったので心臓がバクバクいったよ。


「へーい……」


 叱られたガラの悪そうな船員もぶつぶつ言いながら腰を上げる。

固太りをした女の人で二の腕は俺の倍くらいはありそうだった。

俺の潜んでいる茂みの前を通るときに不平の内容が聞こえてきた。


「チッ、威張りくさりやがって……。いつか痛い目をみせてやる……。そんでアタイのケツにキスさせてやるんだ……」


 集団の仲はあまりよくないみたいだ。

まあ海賊なんだから、仲良しの女子グループという雰囲気からは100光年くらい離れているよね。

しばらくの間じっと茂みの中で身を潜めてから急いで岩屋に戻った。

本当は海賊たちを尾行したかったんだけど、俺の追跡なんてすぐにバレそうで怖かったのだ。



 岩屋に戻るとすぐに荷造りを始めた。

あいつらが出ていくまで山の中で身を潜める予定だ。

収納袋に大切な物を詰めていく。

鏡、髭剃り、ナイフ、鍋、石鹸、ヤスリ。

地球なら簡単に買えてしまうものでも、ここでは貴重品なのだ。

手持ちの果物も全て持った。


「忘れ物はないな……。あっ、釣竿か……」


 槍と釣竿の両方を持っての山歩きは辛い。

槍だけ持って、釣竿は林のどこかに隠すとしよう。


 すべての準備を終えて入り口を出たところで、ばったりと人に出会った。

先ほど浜辺でみた海賊たちの一人だ。

俺と出くわした女は驚愕に目を見開いていたが、やがてその口角がニィっと上がる。

黄色くて並びの悪い歯が見えた。


「お、男だぁ! みんなぁ、男がいるぞぉ!」


 乱杭歯で唾を飛ばしながら女海賊が叫んでいる。

俺は槍を構えながら慌てて岩屋の中に戻った。


「イワオ、入り口を死守するんだ。侵入してくる者があれば攻撃していい!」


 イワオに命令を下してから、外に向かって声を張り上げる。


「来ないでください! 無理に入ってこようとしたらストーンゴーレムが暴れますからね!」


 女海賊はイワオを見て怯んでいたが、好色そうな視線はこちらに向けたままだった。


「なんだい? 大声を出して」


 さっき見た赤髪の船長が部下を引き連れてやってきた。

くそ、逃げるのが一足遅かったか。


「へぇ、こんなところに岩屋があるじゃないか。誰か住んでいるのかい?」


 俺は小窓のところへ立って再び外に向かって叫んだ。


「ここに入ってこないでください! 無理に侵入しようとすればストーンゴーレムが攻撃をします!」


 女海賊はこちらを見て驚いているようだった。


「へぇ、男がいるじゃないか。それにストーンゴーレムだって? 本当にその岩人形が動くのかい?」


 俺は小声でイワオに命令する。


「イワオ、両手を上げて威嚇してやれ」


 イワオは万歳の姿勢をとる。

こいつには口がないから声は出ない。

あんまり威嚇になっていない感じだけど、本物のストーンゴーレムであることはわかっただろう。


「かまうことはない、みんでボコればやれますよ。あの男、なかなか上玉じゃないですか。何といっても肌がきれいだ!」

「たまんないわ。みんなでヒイヒイ言わせてやりましょうぜ!」


 いやらしい顔をしながら騒ぎ立てる部下を船長は突然殴りつけた。


「バカ野郎! か弱い男を襲うなんてマネはこのアタシが許さないよ!」


 その場が凍り付いたように静まり返る。


「アンタ、安心しな。アタシたちはこの島に補給のために立ち寄っただけさ。水と肉が手に入ったら出ていく。アンタに乱暴はさせないから」


 船長はまともそうな人だけど、すんなり真に受けるほどお人好しじゃないぞ。

伊達にブラック企業にいたわけじゃない! 


「わかりました。水はそこの小川で汲めばいいと思います。獲物は鹿やヤギ、イノシシもいます。勝手に獲ってください」

「ああ、そうさせてもらうよ。アンタも怖いだろうが、私が手を出させないようにする。安心していいからな。さあ、いくぞ!」


 船長が声をかけると部下たちは岩屋の前から立ち去った。

最後まで俺を舐めるように見ていたけど、なんとか助かったようだ。

まだ安心はできないけどイワオがいればここには入ってこられない。

食料は魔法で作り出せるから、しばらくは籠城できると思った。

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