第13話 反乱
女海賊フッチとブーテンは海岸の焚火を囲んで座っていた。
補給のために立ち寄った島だったが、昼間の内に水も肉も確保することができている。
狩りで捕まえた鹿肉をたらふく腹に詰め込み、海賊たちは思い思いの場所で寛いでいた。
「イテテ……」
ラム酒をあおったフッチが痛みに顔を顰(しか)めた。
昼間、船長に殴られた時にできた傷に酒が染みたのだ。
「大丈夫かいフッチ?」
「ああ。傷は大したことないけど、船長のあの態度がむかつくんだよ。いい恰好しちまってさ……」
「まったくだよ。ちょっと休んでいたくらいでガミガミと怒鳴りやがる。まるでヒステリックな男みたいにさ……」
ブーテンも海岸で怒鳴りつけられたことを思い出して、瞳に憎悪の炎を灯した。
だが、二人の愚痴に勢いはない。
船長のセシリーに対して面白くない気持は大きいのだが、面と向かって文句が言えるほどの度胸はなかった。
セシリーは海賊たちの中では群を抜いて強かったし、確かな航海術と巧みな戦術を使える女として名を馳せている。
爆炎のセシリーの通り名は伊達ではないのだ。
例え寝込みを襲ったところで、隙のないセシリーに返り討ちにあうことは必至だ。
今は名うての海賊だが、もともとはどこかの国の海軍士官だったなんて噂もあるような女だった。
「それにしても……悪くない男だったよな」
いやな気分を払拭しようとフッチは昼間見た男の話をしだした。
ブーテンも口元にいやらしい笑みを浮かべてすぐに応じる。
「ああ。ああいう男を無理やり襲うのがたまんないんだよ」
「アンタみたいなでかいのに乗っかられたら首の骨が折れちまうじゃないか」
二人は下品な笑いを上げた。
「何言ってるんだい。あれは好きもの男の顔さ。最初は嫌がっても、そのうちに喜びだすタイプだって!」
ブーテンの見解は身勝手な偏見だったが、好きもの男という点でだけは間違っていない。
真田士郎はむっつりスケベだ。
もっともブーテンはシローの好みからは大分外れているのだが。
「それにしても惜しかったよ。ストーンゴーレムさえ何とかすればあの男を好きにできたのに」
「まったくだ。それもこれも船長が紳士を気取っているからさ。ちょっと顔の作りがいいからって調子に乗りやがって」
「ああ。あれでベッドの中では男に攻めさせるのが趣味だってさ」
「ほんとかい? 誰に聞いたんだよ?」
「ほら、酒場にルイってボーイがいただろう。あいつからさ」
「あの子が? よくアンタにそんなことを喋ったね」
「へへ、出航前にアイツを無理やりね……。その時のついでに聞きだしたんだけどね」
ブーテンの脳裏に昏い欲望の記憶がよみがえった。
「アンタも悪だねぇ。それにしても船長が攻められ好きとは、とんだ変態じゃないか」
「まったくだよ。気取った態度をしていても、中身は男の腐ったような奴なのさ」
結局、二人の会話は船長の悪口へと回帰していくのだった。
誰かが近づく気配がして二人は即座に口をつぐんだ。
船長の悪口をチクられたらただじゃすまないだろう。
緊張して近づいてくる人間の気配を窺っていると、それは副船長のジャニスだった。
「バカだねアンタら。ちょっとだけ声が大きいよ。船長に聞かれたらどうなると思っているんだい?」
副船長の言葉に二人は色を失った。
「ジャニスさん、さっきのはちょっとした冗談なんですよ」
「そうそう。本気で思っているわけじゃ……」
言い訳しようとする二人をジャニスはニヤニヤ笑いながら制した。
「わかっているよ。それに、アンタらの気持ちもわからんじゃないよ。ようやく海軍の追撃を振り切ったんだ。ちょっとくらい男を抱いても罰は当たらないってもんじゃないか」
フッチとブーテンも我が意を得たりと膝を叩いた。
「そうなんですよ!」
「みんなで襲えば海賊団の士気も上がるってもんなんですけどね」
ジャニスは頷きながら二人の肩に腕を回した。
「本当にアンタらの言う通りってもんさ。船長はちょっと融通が利かなすぎるところがあると思わないかい?」
ジャニスの目が怪しく光っていた。
「実はさ、秘密の計画があるんだけどね……アンタたちも気に入るような計画だと思うんだ……」
今や三人の声は囁くように低くなり、その会話を聞きとがめるものは誰もいない。
闇の中で恐ろしい反乱計画が進んでいた。
時刻は深夜だった。
船長のセシリーは副船長ジャニスの慌てた声で起こされた。
「大変です船長!」
「どうしたんだい、こんな夜中に?」
ジャニスの声は深刻だった。
「どうやら、疫病が発生したようです」
その言葉にセシリーは跳ね起きた。
「誰が罹った?」
「アンとヒラリー、フッチとブーテンもです」
「チッ、四人もかい!」
セシリーは左手に火球を作り出し病人のところへ駆け寄った。
病人の顔や腕には見たこともないような赤い斑点がついている。
「拙いね、本当に病気らしい」
「どうしますか? こいつらをこの島に置き去りにしますか?」
「バカ野郎! そんな酷いことができるか。どこからか医者か治癒士をさらってきて、治療させるしかないだろう」
船長の答えはジャニスの予想通りのものだった。
「だったら、船まで運んでやらないとダメですね。船室の一つを病人部屋にして封鎖しましょう」
「ああ。とにかく病人をボートまで運ぶぞ」
言いながらセシリーは一番重たいブーテンの側に近づいた。
「辛いだろうが我慢するんだよ。今、運んでやるから」
「す、すいやせん……」
普段のセシリーだったらブーテンの間抜けな演技など見破っていたかもしれない。
日中であったら病人たちの発疹が単なる赤い染料であることだって見抜いたかもしれない。
だが、疫病の発生という深刻な事態と、月明かりもない夜の闇がセシリーの判断を狂わせていた。
「さあ、アタシの背中に乗るんだ」
焚火の炎に無防備に差し出された背中が浮かび上がった。
ブーテンはよろめくふりをしながら隠し持ったナイフを取り出し、その背中に深々と突き刺す。
「ぐっ!」
痛みを感じた瞬間に後ろ蹴りでブーテンを弾き飛ばしたが、セシリーは深い傷を負ってしまった。
「テメェ、どういうつもりだ?」
質問に答えるものはなく、四方から魔法攻撃や弓矢が飛んでくる。
普段のセシリーならその全てを躱して反撃することも可能なはずだった。
だが、ブーテンに受けた傷が痛んでいつものパフォーマンスがでない。
特に副船長ジャニスの放ったウィンドカッターは強烈で、セシリーの防御を超えて太ももを傷つけていた。
「そういうことかい……」
敵はジャニスを中心としたアン、ヒラリー、フッチ、ブーテンの5人だ。
つまり疫病にかかったと言っていたこいつらが反乱グループだったわけだ。
「アンタに船長は務まらないというのが私たちの考えさ! ここで死んでもらうよ!」
ジャニスの啖呵にセシリーは余裕の笑みで答えた。
「アンタ程度にこの爆炎のセシリーが倒せると思っているのかい? §ΛΖΛΦΓΔΧ¶ΣΓΔζ‼」
呪文と共に膨大な魔力がセシリーの手のひらに集まっていく。
「離れろ! 爆裂魔法だ!」
叫びながらジャニスは窪地に身を隠した。
これまで数々の軍船に穴をあけてきた爆裂魔法の威力をジャニスはいやというほど知っている。
だが、魔法はジャニス達には飛んでこず、大地に向けて発せられていた。
響き渡る轟音と爆散物。
舞い上がる土煙に全員が視界を奪われていた。
「ゴホッ、ゴホッ。クソッ、何も見えない!」
「同士討ちになるぞ、攻撃はするな?」
「船長はどこだ?」
海風が土ぼこりを取り払い、周囲の景色がクリアになった時、セシリーの姿はどこにもなかった。
「チッ、逃げられたか……」
爆裂魔法は強力だが連発で撃てるような代物でもない。
出血による消耗を考えてセシリーは一時撤退をしたのだろう。
「ジャニスさん、どうしますか?」
フッチが判断を仰いできた。
ジャニスは小狡い顔で考えを巡らせる。
セシリーはかなりの深手を負っていたが、深追いをすれば手痛い反撃をくらう恐れもあった。
だったら無理をして追いかける必要もない。
「あれだけの傷を負ったんだ。どうせその内くたばるさ。無理に追わずに本船に戻ってしまおう。船に残っているやつらには船長たちは疫病になったと言えばいい」
ジャニスの言葉に他の四人も頷いた。
全員がセシリーと本気でやり合うのは怖かったのだ。
「アンタたち、船長にあんなことして……」
自分たちの味方じゃないルイスとサッチャーが唖然としたままジャニス達を見つめていた。
ジャニスはニヤリと笑いながら高らかに告げる。
「今日からあの船の船長はこの私さ!」
そして船長としての最初の命令を下した。
「お前たち、ルイスとサッチャーをやっちまうんだ!」
残虐な狂気が新たな血を求めて牙を剥いた。
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