第86話 走れオネスト

 復活したセシリーを交えて、今後の方針が話し合われた。

食べていくだけなら西島で暮らすことも問題なくできるけど、それでは人生に潤いがなくなってしまう。

やっぱり広く世界を見て見聞(けんぶん)を深めたいと俺は思うのだ。


「それで、どこか当てはあるのかい?」


 セシリーに聞かれたけど、当てなんてあるわけない。

俺は異世界から来たんだから。


「そうだなぁ、なるべく平和で発展しているところがいいかな」


 これまでずっと辺境の離れ小島にいたから、少し都会が恋しくなっている。


「だったら帝都ルルサンジオンがいいっス!」

「帝都ねぇ……」


 ロッテ・グラム様に再会できそうで嬉しいけど、帝都はちょっとなぁ……。

まだバレていないとはいえ、ベブルス伯爵からラメセーヌの杖を盗んだことが露見しそうで心配だ。

証拠はどこにもないだろうけど万が一ということもある。

だいたいこの世界では証拠なんて大して重要視されない。

相手が貴族の場合、怪しいと感じたら拷問にでもかけて自白させられそうだもん。

それに、帝国には俺のことを知る人間が多すぎる。

今回だって、何も告げずに島を逃げ出してきたから、ちょっとした騒ぎになっているかもしれない。

置手紙はしてきたけど、あれじゃあなぁ……。


自分探しの旅に出ます。探さないでください。

                  シロー・サナダ


P.S 今までありがとうございました。



「今ごろ島はどんな様子かな?」

「さあ? シローさんがいなくなって悲しんでいる人は多いんじゃないですか? シローさんって、優しくて聖者っぽいんだけど、同時にセックスシンボルみたいな感じでしたから。みんなのオナペット?」


 ルージュは身(み)も蓋(ふた)もない言い方をするなよ。

かつていた世界におけるエロ系聖女みたいなものか? 

って、そんなキャラいたっけ? 

だいたい何が聖者だよ。

それじゃあ聖者じゃなくて、むしろ性者じゃないか。


「ところでシロー、どうして島を出てきたのだ?」


 事情を知らないセシリーが不思議そうに聞いてきた。

そういえばエマンスロックのことはミーナしか知らないもんな。


「実は……」


 俺は改めてこれまでのことをセシリーとルージュに説明した。


「というわけで、どうやって千人オーガを仕留めたかを追及されると、どうしてもエマンスロックの説明をしなくてはならないでしょ。で、エマンスロックの説明をすると俺がラメセーヌの杖を盗んだことがバレちゃうわけ」

「だから逃げ出してきたと?」

「そういうこと」


 それにしてもどうしようかな? 

いつまでもラメセーヌの杖を手元に置いておくわけにはいかない。

もともとちょっと困らせてから、すぐに返すつもりだったんだから。


「よし、決めた! 俺はルルサンジオンへ行くよ。行って、この杖を返してくる」

「ええっ?」


 三人は驚いたように俺を見つめていたけど、俺は元々正直者だもんね。

交差点で100円を拾ったら、すぐに交番へ届けるくらいにオネスティーなのだ。

いつまでもビクビクして暮らすのも嫌だしね。

この際キッチリと返却して、スッキリとした気持ちで異世界ライフを楽しむことにしよう。


「しかし、返すといってもどうやって? わざわざベブルス伯爵を訪ねて、盗んだものをお返ししますというわけにはいかないだろう?」


 セシリーの言うことももっともだ。

俺だってそこまで馬鹿正直(ばか)じゃない。


「伯爵は俺をレイプしようとしたから、あいつに返すのは癪(しゃく)だな……」

「そうですよ、シローさんのおっぱいにワインをぶっかけて、それをチューチューした奴にかける情けなんてありません! うらやましいったらありゃしない」


 ルージュはよくそんなことを憶えていたね……。


「まったくッス! はっ! 私も同じことをやっとけば……」


 ミーナは余計なことを口走らない!

 しかしどうしようかな? 

考えてみればラメセーヌの杖は伯爵の持ち物というわけじゃないな。

あいつは単なる護衛役だし……。

だったら持ち主に直接返しにいくか……。


「う~ん……わかった! 皇帝のところへ返しに行ってくるよ」

「はあ?」

「だって、これって皇帝の物なんでしょう? だったら持ち主に返した方が早いじゃん」


 カエサルのものはカエサルに返しなさい、とキリスト様も言っているもんね。

意味は全然違うけど。


「だが、やはり、どうやって返すかが問題だぞ」


 セシリーは心配そうだけど、俺なりに考えた計画がある。

思いつきともいうけどさ……。


「エマンスロックを装着した状態で宮殿に忍び込む。で、皇帝の部屋まで行ったら装備を解いて手紙と一緒に杖を置き、帰りは囚われの天使を使って瞬間移動ってのはどうだろう?」


 割といいプランだと思うんだけど、セシリーの顔は晴れない。


「そんなに上手くいくかな? いくら身体能力が上がる魔装甲を身に纏ったとしても、シローはただの素人だ。すぐに衛兵に見つかってしまうだろう。それに皇帝の居室となればアンチマジックシールドが張ってあるはずだ。そんな場所で『囚われの天使』が起動するかどうかも怪しいぞ」


 あらら、やっぱり思い付きの計画じゃ穴だらけか。


「わざわざ秘宝を返すことなんてないですよ。貰っとけばいいじゃないですか」

「そうッスよ! 男将さんが有効利用すればいいッス」


 二人はそういうけど、俺は正直者……いや、はっきり言って小心者なのだ! 

盗品をいつまでも手元に置いておくのは落ち着かない。


「方法は後で考えるとして、やっぱりルルサンジオンに向かう。皆はどうする?」


 俺の意向だけで行先は決められないもんね。

みんなに寄りたいところがあれば、どこへでも船をまわすつもりでいた。


「私はシローとルルサンジオンへ行くぞ。その……シローが許してくれるならだが……」

「セシリーが一緒なら心強いよ」

「私も男将さんと一緒に行くッス!」

「私も久しぶりに都会へ行きたいな」


 みんな一緒なら楽しい旅になりそうだ。


「そうと決まれば、さっそく出発準備にかかろうか」

「おう!」


 午後は水を汲んだり、食料を集めたりして時間を過ごした。


 今度の旅はきっと優雅なものになるだろう。

小型船は俺の創造魔法を駆使して内装を豪華に、過ごしやすくしてある。

氷冷魔法を応用したエアコン的な魔道具だって備え付けられているもんね。

それに軍資金だって潤沢(じゅんたく)だ。

フロアボスである千人オーガを倒した時に出てきた宝箱の中身は、ざっと見積もっても2億5千万レーメンを下回ることはないそうだ。

俺はこれらの金塊や魔石を4人で山分けにすることにした。

ルージュやセシリーは遠慮していたけど、俺たちは一つのチームだからね。

一緒にダンジョンに突入してくれたミーナもそれでいいと言ってくれた。

そのかわり「囚われの天使」だけは、千人オーガを倒した俺がいただくことで話は決まった。

これがあればどこへでも逃げられるので大変ありがたいことだ。

貿易業だけで食っていけそうだよ。

でも、真実を知られたら同業者の恨みを買って刺されそうな気がするけどね。



 船は波しぶきをあげて気持ちよく進んだ。

マーメード型ゴーレムのシーマがけん引するので風向きだって関係ない。

俺は甲板に自作のデッキチェアーを出してのんびりと日光浴だ。

そろそろあの計画を発動するか……。


「セシリー!」


 呼ぶと、セシリーはすぐに来てくれた。


「どうした、シロー?」

「お願いがあるんだ」

「ん? なんでも言ってくれ」


 セシリーは笑顔で応じてくれる。


「あのね、サンオイルを塗ってほしいんだ、背中に」


 途端にセシリーが固まったように動かなくなった。

こちらの期待通りの反応をしてくれるセシリーが可愛くてたまらない。

西島にいる間にサンオイルを作製しておいてよかったよ。


「だめ?」

「そ、そ、そ、そんなことは……ない」

「ありがとう!」


 俺は無邪気に喜びながらセシリーの前で服をすべて脱ぎ、デッキチェアーにうつぶせになった。


「シ、シロー!」

「おしりにもちゃんと塗ってね」

「あ、ああ」

「嫌じゃなかったら、あとでセシリーにも塗ってあげるからね」

「た、頼む……ゴクリ」


 セシリーの指の動きを感じながら目を閉じると、波の音がよりはっきりと聞こえるような気がした。

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