第二章 帝都の花 編

第85話 フルラウンドの攻防

「んんっっっ!」


 ひときわ大きく身をのけぞらせたミーナがドサリと俺の上に覆いかぶさってきた。

大きいのがきちゃった? 

どうやらビッグウェーブが駆け抜けていったらしい。

俺はまだイってなかったけど、そんなのはどうでもいいことだ。

だって9回目だもん。

6回目以降は苦行以外の何物でもなかったよ。


「さ、さすがに満足したよね?」

「ハア、ハア、ハア……」


 頼むから満足したと言ってくれ。

もう、疲れ果てて、指一本動かすのも億劫おっくうなんだから……。

とか言いながらクリクリしちゃう俺。

どこを? とか聞かないでね。


「……」

「え? なんだって?」

「もう……いつ死んでも悔いはないッス!」


 ああそうですか。

それはよかった。


 風が火照った体に気持ちよく吹いてきた。

ここは西島に作っておいた仮小屋の中だ。

すぐ傍ではルージュが死んだように寝ているが、実は夕飯の酒に一服盛ったのは俺だ。

ベブルス伯爵に盛ろうとした眠り薬と同じものなんだけど、今回も恐ろしいほどによく効いている。

ほら、やっぱりミーナとの情事を知られたくないじゃない。

裸はともかく、絡みは見られるのも嫌だし、ルージュなら私とも寝てくれとか言い出しそうなんだもん……。

隠れ巨乳は魅力的だけど、俺は見境なく誰とでも寝る男じゃないからね……。

いや、本当に。

ミーナに関しては約束だったし、あの絶望的な状況で一緒にダンジョンに突入してくれたお礼なんだから反古ほごという選択肢はなかったわけで……。

うん、正直に言おう。

初めての体を堪能しました! 

久しぶりだから俺も大興奮でした‼


 だけど、ミーナとの肉体関係はこれが最初で最後だ。

はじめからそういう約束だったからね。

だから9回も付き合ったわけだし……。

ああ、ズルズルといきそうで怖い! 

こんな関係はいつまでも続けちゃいけないと思うから今夜ですっぱりやめないと。


「はあ……もう、普通の男じゃ満足できないかもしれないッス……」

「そんなことないよ。きっといつか、愛し合える男に巡り会えるはずさ」

「後ろからついてくれる男なんて男将さん以外いないッス。あんなところをあんな風にしてくれる男も……」


 それは……そうかもしれないけどさ。


「とにかく、これで最後だからね。こんなことはもうおしまい」

「は~い」

「それと、皆には絶対に内緒だよ」

「わかっているッス。ルージュさんにもセシリーさんにも絶対に言わないッス。ところで、セシリーさんの治療はいつ終わるんですか?」


 ミーナは俺から体を離さずに聞いてきた。

あんっ、変なところを触るなよ……。


修理完了まで:202時間14分 28秒


「あと八日くらいかな」


 本当はすぐにでも西島を出発したいところだけど、俺もルージュもミーナも海については何も知らないのだ。

出航はセシリーの治療が終わってからと考えている。

セシリーは元海賊船の船長だけあって、海については専門家だからね。

それに西島の存在は誰も知らないから、急に追手が迫ることもないと思う。

そもそも俺がラメセーヌの杖を盗んだことはバレていないのだから、いきなり犯罪者として追われることもないだろう。

みんなは杖に秘められた力である、魔装甲エマンスロックについても知らないしね。

いざとなったらフロアボスを倒した時に得た秘宝「囚われの天使」を使って瞬間移動すれば簡単に逃げられる。

でも、あれは同行者が一人だけなんだよな。

しかも記憶が鮮明な場所しか行けないみたいだし。

俺が知っているこの世界の場所なんて、モンテ・クリス島か、最初に牢屋に入れられたレガルタ王国の王都くらいだもんな。

だから今のところ使う予定はない。

ちなみに日本へ帰れるかどうかを試してみたけど、やっぱりそれはダメだった。

行ったり来たりができたら最高だったのに。


「しばらくはここでひっそり暮らしていこう。どこへ行くかはセシリーが復帰してから考えようよ」

「わかったッス……」


 ミーナが何か言いたげな表情で見下ろしてきた。


「どうした?」

「やっぱり、もう一回だけお願いします!」

「ええ!?」

「本当にこれで最後にしますから」


 とか言いながら魔法で俺のジョーを奮い立たせるミーナ。

仕方がないなぁ……。

俺も鞄から回復ポーションを取り出して飲み干した。


「本当に最後の最後だからね」

「約束するッス……」

「じゃあ、そこで仰向けになって」


 なんだかんだでやる気を見せてしまう俺。

期待に満ち溢れた瞳で見つめられるとついつい頑張っちゃうんだよね。

頼られると断れないタイプってやつ? 


「どうしてほしいの?」


 耳元で囁くと、ミーナはワクワク顔で、言葉にできないようなリクエストを囁き返してきた。


   ♢


「あっ、ようやく起き出したんですね。二人とも死んだように寝ていたから心配しちゃったじゃないですか」


 目が覚めると太陽はかなり高い位置にあった。

きっともうそろそろお昼だろう。


「おはよう、ルージュ。ミーナは?」

「川の方へ行きましたよ」


 ミーナの方が先に起きていたんだ。

さすがに現役冒険者は体力が違う。

あんなにガンガン動いていたのに……。


「よっぽど疲れていたんですね。まあ、スタンピードを封じ込めたんだから当然ですか」


 いや、そうじゃなくてミーナと12回、フルラウンドを戦いきったからだ。

結局あれから3回もしちゃったよ……。

あの瞬間だけは賢者を通り越して悟りの境地にいたぞ。

燃え尽きて真っ白な灰になってしまったけど。


 創造魔法で水を作り出して、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。


「気だるそうな姿がエロいですよねぇ」

「そういうことを安易に言わないの。セクハラだよ」

「セクハラ?」

「俺は大丈夫だけど、言われた男は大抵不快に思うんだからね。気をつけなよ」

「はーい」


 大きく胸をはだけた服で、ペロリと舌を出すルージュの仕草の方がよっぽどエロいと思ったけど、口には出さずにおいた。

そう、俺は常識人! 

セクハラは断固反対の立場なのだ。



 セシリーの復活まで、俺たちは骨休めをするようにのんびりと暮らした。

ここでは果物や野生生物は少ないので、もっぱら海の幸と創造魔法で作り出した食料で日々の食事を賄った。

他のゴーレムと違ってシーマシリーズに被害は出ていない。

総勢12体のシーマがいるので、海中の魚介類を獲るのには何の不便もなかった。

魔法で創り出したのは食べ物だけじゃなく、薬もたくさん作っている。

これからの旅を考えれば当然だよね。

傷薬だけじゃなくて、止瀉薬(ししゃやく)や鎮痛剤、解熱剤とか感染症を防ぐための抗生物質なんかも用意した。

奥の手として俺の「修理」があるけれど、自分には修理は使えないのだ。

万能薬を作るにはまだレベルもMPも足りないので、できるだけのことはしておきたかった。


   ♢


 瞬く間に8日が過ぎて、セシリーの治療は完了した。


ポーン♪

セシリー・ノンバルトの修理が完了いたしました。出現場所を指定してください。


逸(はや)る気持ちを抑えながら出現場所を指定すると、その場所に光の粒が集まりだして、目を開けていられないほどに発光しだす。

やがて眩(まばゆ)い光が収まると、仮小屋の寝台にセシリーが横たわっていた。


「セシリー!」

「シロー……?」


 セシリーは状況が飲み込めずに、呆(ほう)けたように辺りを見回していた。


「手を見せて、それから足も!」


 モンスターに食いちぎられていた左手と右脚も、きれいに再生されている。

傷あと一つ残っていなくて安心した。


「よかった……」


 溢れ出る涙が止まらないよ。

俺はそのままセシリーに抱きついた。


「シロー……ここはいったい……。私は……」

「セシリーはダンジョンの中で死にかけていたんだよ。皆のために頑張って……手も……脚も失って……」


 それ以上は言葉にならずに、俺は大声で泣いてしまった。

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