第56話 噛み合わない似た者同士

 食事が終わっても、シエラはソファーに移って酒を飲み続けていた。

3本目の酒壺を振って、最後の1滴を自分のグラスに注いでいる。

酔いもだいぶ回っているようだけど大丈夫かな?


「なるほろれ~、そういうわけれ兄上はアイツに犯されていたのじゃな」


 しっかりと俺とジャニスの行為を観察していたらしい。


「見ていたなら、さっさと助けてくれればよかったのに……」

「そういわれてものぉ、最初はわからなかったのじゃ。野外で楽しんでいる輩がおるから覗いてやろうと思っただけでな」


 人の行為を覗いていたのかよ!


「覗くって、海の上だから遮蔽物なんてなかっただろう?」

「光魔法の応用で空と同じ色を作り出してな……私のオリジナル魔法じゃ……」


 エロは魔法を発展させる。


「俺がマストに縛り付けられている段階で察してくれよ」

「いや、そういうプレイを楽しんでいるのか、これは後学の為にもよく見ておこうと……」

「なわけないだろう!」

「その後のやり取りをみて助太刀したのじゃ、そう怒るな」


 シエラはコロコロと笑ってから俺に向き直った。

そしてグラスに残った酒を一気に呷り、しんみりとした口調になった。


「兄上は犯されたにしてはサバサバしておるのぉ……」

「ん~そうだね……。ほら、俺は異世界からの転移者だから、物事の考え方がこちらの男とは少し違うのかもよ」

「またそのジョークか? 受けない話をしつこく繰り返すのはみっともないぞ。ゴクウよ、もう一本酒をもってきてたもう」


 シエラはゴクウに頼んだが、ゴクウたちはピクリとも動かない。


「シエラが命令してもいうことを聞かないよ。3号、お酒を取ってきて」


 戸口の一番近くにいたゴクウ3号は貯蔵庫の方へ走っていった。


「いいのう、兄上は。眷属がいて」

「眷属じゃなくてゴーレムな」

「似たようなものではないか。私とて眷属がいれば、兄妹ゴッコをしたり、膝枕をしてもらったり、寝る前にお話を読んでもらったりできるのに……」


 え~……。


「シエラは大人の女なんだろう?」

「そうではあるが、今夜は甘えたい気分なのじゃ! 私には年の離れた兄がおってな、幼い頃はずっと私の面倒をみてくれたものじゃ」


 いわゆるブラコンってやつか? 

というか地球でいうシスコンに近い感情なのかもしれない。


「それでも俺より年上だろう?」


 シエラは言葉を詰まらせる。


「そ、それでも私は妹プレイがしたいのじゃ!」


 プレイって言っちゃうし……。


「ヴァンパイアの平均寿命は300歳くらいぞ。私など少女みたいなものではないか?」

「まあねぇ……」


 シエラはコロンと横になると自分の頭を俺の膝に乗せてきた。


「兄上に甘えりゅぅ」

「おいおい……」


 ふわりとした髪が腕にまでかかってくすぐったいけど、無邪気に甘えるシエラを見ていたら変な気持ちにはならなかった。


「ところで、一カ月逗留するって言ってたけど、明日はどうやって過ごすつもり?」

「そうよなぁ……、この島に観光名所などはあるのか?」

「観光名所と言えるかはわからないけどダンジョンならあるよ」

「ダンジョンのぉ……」


 反応が薄いな。


「ダンジョンに興味はない?」

「わざわざモンスターと戦うなどバカらしいではないか。金にも困っておらんしの」


 さっき見せてくれた革袋にはぎっしりと金が詰まっていたもんな。


「なんか余裕があって素敵だね」

「うむ、金と男に不自由はしておらん」


 ヴァンパイア同士では婚姻という契約はなく、基本的に自由恋愛だそうだ。


「300年も生きるからのぉ、ずっと同じ相手では飽きてしまうのだ」


 そんなものなのかもしれないな。

子どもだって生まれることは滅多になく、一人も出産しないまま一生を終えるヴァンパイアも少なくないそうだ。


「本当はシローを口説いて兄妹プレイをしたいのだが……」

「え~、出会ったばかりでそこまではちょっと」


 シエラは俺の膝に頭を乗せたままポリポリと頬を掻く。


「安心いたせ、無理やりはせぬ。それになヴァンパイアの掟で眷属化した人間以外と交わることは禁じられておるのだ。おかげで人間の男とは未経験じゃ」


 俺もヴァンパイアとは未経験だけどさ……。


「こうやって聞いていると、人間とヴァンパイアって思っていたより接点が多いんだね」

「うむ。我々は普通に人間に混じって暮らしているぞ。姉上は帝都でアパート暮らしだし……」


 この世界のヴァンパイアは人間と共存しているそうで、人間界で働く者も大勢いるとのことだ。


「血が欲しい時はどうしているの?」

「金で買うことがほとんどだな。男娼などはいい稼ぎになるということで喜んで血を吸わせてくれる。私は試したことないがな。あとは自分の恋人から血を分けてもらうこともある」

「眷属にした人から吸うってこと?」

「うむ。眷属のいない私としてはそれも未経験だ」


眷属となった人はヴァンパイアの力の一部は得るけど、寿命は普通の人間と同じだそうだ。

とにかくヴァンパイアと人間が敵対する関係じゃなくてよかったよ。


「実を言うとちょっとだけ心配していたんだ」

「心配?」

「もうすぐこの島に帝国の冒険者たちがやってくるかもしれないんだ。だからシエラと衝突するようなことがあったら困るなって思ってた」


 そろそろ何らかの連絡が届いてもおかしくない時期だ。


「そういうことか。安心いたせ、ひねりつぶすのは簡単だがことさら敵対する気もない」

「仲良くしてくれよ」

「あちらの態度次第だな」


 シエラは不敵に笑った。

こういうタイプは無理に頼んでもダメだろう。

俺は膝の上のシエラの頭にそっと手を伸ばした。

そして、優しく髪の毛を撫でていく。


「シエラはいい子だもんな。みんなと仲良くできるよな?」


 優しく妹に語り掛けるようにしてみた。

兄妹プレイをしたがっていたから乗ってくれるといいんだけど。


「……する……シエラ、みんなと仲良くしゅりゅぅ」


 結構疲れる42歳だ。



 4本目の酒も飲み干して、酔いつぶれたシエラは俺の膝枕で寝てしまった。


「お兄ちゃん。シエラ、もっと飲みたいな……ムニャ」


 何がお兄ちゃんだよ、俺より17歳も年上のクセに。


「ゴクウ、シエラの荷物を持ってきて」


 ゲストルームへ運ぶために持ち上げたけど、シエラは本当に軽かった。


「こうしてみるとあどけない少女なんだけどね……」


 久しぶりに人と喋れたらしく、たいそうご機嫌になって飲み過ぎてしまったようだ。

夜中に咽喉が乾いて起きるかもしれないからベッドサイドに水差しとコップも用意しておいた。



 ジャニスと戦ったシーマたちは修理もできないほど損壊していたので、新しいゴーレムを作らなければならなかった。

だけど、それは後回しにして、今はシエラのために血液を1リットルセットしている。

翌朝には完成するので、出来上がったら50mlの小分けにして冷凍しておくつもりだ。

シエラの魔法ならわけないだろう。


 今夜は俺も久しぶりにたくさん喋れて大満足だった。

なぜか、シエラが相手だと話しやすいのだ。

見た目は少女だけど中身が年上だからかな? 

たぶん、俺たちの意外な共通点が原因なのだろう。

実を言うと俺にも密かな願望がある。

シエラが兄妹プレイをしたいように俺は姉弟プレイがしたいのだ!


 妹もいいと思ったけど、やっぱり俺は断然姉派だ。

ある意味で似たもの同士だけど噛み合わない俺たち。

だけどこの妙な関係がおもしろくもある。

新しいゲストを迎えたシローの宿はどうなっていくのだろう? 

明日がくることを楽しみな気持ちで眠りにつくことができた。

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