第2話 シロー、捕まる

 息ができない! なんてことはなかった。

海に落ちたはずなのになんでだろう?

気がつくと俺はよくわからない場所にいた。

海の上ではなくてむき出しの大地に石造りの建造物が建つ一角だ。

かなり大きくて城のようにも見える。

窓は見当たらなかったので室内を覗くことはできなかった。

こんなことになったのは、おそらくあのヒラメのせいなのだろう。

周囲を見回したけどやつの姿はどこにもなかった。

地上にヒラメを探すのは愚かな行為だ。


 ここでこうしていても埒はあかない。

状況を探るためにも場所を移動した方が良いだろう。

建物の前には大きな植え込みがあって、俺の視界を塞いでいる。

この植え込みの向こう側にいけば何かがわかるかもしれない。

そう考えて移動を開始した。

 引っかき傷を作りながら植え込みを抜けると、細い石畳の小道に出た。

沿道には花壇が作られていたのだが花は無残にも踏みにじられている。

これって血の臭いか? 

錆びた鉄のような匂いがこの辺りには充満していた。

まるでこの場所で大乱闘があったみたいだ。


「貴様、何をしているか⁉︎」


 ぼんやりとしていたら兵士の一団に取り囲まれてしまった。

兵士と言っても陸上自衛隊の皆さんじゃない。

鎧兜をつけた昔のヨーロッパの兵隊みたいな人たちにだ。

まるでファンタジー映画を見ているみたいだ。

話しかけられた言葉は日本語じゃなかったけどなぜか意味は理解できた。

しかも声から察するに目の前の兵隊さんは女性のようだ。


「あ、あの、自分は道に迷ってしまったらしく……」


 俺だって状況がつかめていないので説明はしどろもどろになってしまう。


「市民には戒厳令が出されている。さては貴様、王軍の残党だな⁉︎」


 鈍く光る槍の穂先が俺に突きつけられた。


「ち、ち、ち、違います! 私はただの一般人でして……」

「言い訳をするな!」


 槍が引かれ俺は目をつぶった。

こんなところで俺は死ぬのか?


「まあ待て。せっかくの男だ、すぐに殺すこともないだろう。たっぷり楽しませてもらおうじゃないか」


 やけに下卑た女の声がした。

他にも彼女に賛同する声が上がる。


「安心しろ、楽しませてくれたら殺しはしない。そのかわりしっかり私たちにご奉仕するんだぞ」


 兜を脱いで俺の顔に兵士が顔を近づけてきた。

顔立ちは西洋人のようだがやっぱり女の人だ。

やたらと口臭がひどく、顔も不潔だった。

手首をガッチリと握られてしまったのだが握力がものすごい。

もしかしたら力では敵わないんじゃないか?

最近はろくに運動もしていなかったけど、女の人にパワーで負けるとは思えない。

高校までの体育の成績だって普通以上だったのだ。

それなのになんで?

どっちにしろ争いごとは苦手だ。

喧嘩をしたことなんて生まれてから一度もない。

だけど、このままじゃ……。


「逃げることなんて考えるなよ。言うことを聞けば悪いようにはしないからな」


 そう言いながら女性兵士はナイフを俺の首筋にあてながら尻を撫でてくる。

まるでパワハラとセクハラを受けている気分だ。

いや、そんな生易しいものじゃない。

もしかして俺、襲われかけているのか?


「隊長、どこでやりますか?」

「牢が一つ空いていただろう。あそこでやろう。うん? こいつずいぶんと綺麗な肌をしているわ。ぜんぜん臭いがしない。ていうかむしろいい匂いがする」

「え〜マジですか?」


 みんなが俺のところに寄ってきてスンスンと匂いを嗅いでいた。

シャンプーの匂いが気に入ったのかやたらと髪の毛の匂いを嗅いでくる。

俺の方はこいつらの体臭と口臭で吐きそうだよ。

そう言えば剣道の防具ってものすごく臭かったもんな。

鎧というのはかなり蒸れるのかもしれない。

ああ、勘弁してくれ。

俺、何をされるんだろう……。


「もう待ちきれない! さっさと連れて行くぞ!」


 女兵士達に両サイドを固められて牢屋へと連行されてしまった。



 半地下になっている薄暗い部屋に連れてこられた。

壁も床も天井も全て石造りで、明かり取りの小さな窓がある。

ドアは分厚い木の板でできていて、端の方は金具で補強してあった。

人間が体当たりしたくらいではぶち破れそうにない。

本当に牢屋なんだ……。

部屋の隅に長細い木の台があって、これはベッドのようだ。


「脱がせろ」


 隊長らしい兵隊が命令を下し、両脇の兵士が俺を押さえつけた。


「服を破られるのは嫌だろう? 大人しくしていろよ」


 唇を舐めながらひとりの兵士が俺の前に立つ。

ゴツゴツとした手が俺の方へ伸びてきた。


「へへへっ、たまんないわ…………ん?」


 ファスナーがよくわかっていないようだ。

服を脱がせようとするんだけどゴソゴソと戸惑っている。


「どうなっているのよ、この服?」


 俺が着ているのはセパレートタイプのレインウェアだ。

釣に行くのに必要とのことで買わされた代物の一つで透湿通気性に優れた素材でできている。

壊さないでくれよ。

雨がっぱのくせに3万円もしたのだ。


「何をモタモタしている?」

「それが、この服……」

「ああ、もういい。どけっ!」


 隊長格の女が部下をどかして俺の真の前に立った。


「跪かせろ」


 膝の裏を蹴られて、石の床に押さえつけられた。

勢いよく着地したので膝の皿が痛い。

跪かされた状態で、すぐ横にいる兵士が俺の頰にナイフをペタペタとあててきた。


「可愛い顔に傷をつけられるのは嫌だろう?」


 やけに猫なで声で吐き気がする。

隊長は一歩前に出ると俺の目の前にぐっと顔を近づけてきた。


「それじゃあ、キスしてもらおうかな?」


 アナタ、歯を磨いたのはいつですか?

生まれてこの方、一度もない?

絶対に歯周病にかかっているでしょう。

なんとも言えない臭気が俺の眼前に広がっていく。

そして……。


「オエエエエエエ……ゲボォォォ……」


 ネロネロネロネロ……。

吐いちゃった。

船酔いで朝からずっと気持ち悪かったんだけど、ここへきて堤防が決壊してしまったのだ。

ああ……お顔にゲロをかけてしまったね。

隊長は俺を睨みつけたまま、真っ赤な顔でプルプルしている。

オコ?

ゲキオコですな……。

周りの兵士は笑い転げているけど、かなりやばい状況な気がする。


「貴様、よくも女に恥をかかせてくれたな。もう容赦はしない……」


 俺が悪いのか?


「泣いて許しを請うまで犯してやる。……自分で脱げ」


 そんなこと言われてもなぁ。


ボゴォ!


 思いっきりみぞおちを蹴られた。

あまりの痛みに石の床に這いつくばってしまう。

うまく息ができないくらいの衝撃だ。

やっぱり普通の女の腕力とは思えない。

痛みをこらえていると髪の毛を掴まれて立たされた。


「さっさと脱げ」


 言うことを聞くのは癪だけど、反抗しても痛い目に合うだけのようだ。

6人からの兵士に囲まれて、とても脱出はできそうもない。

仕方なく俺はファスナーを下ろした。

 俺が抜いでいくたびに兵士達が歓声をあげる。

Tシャツを抜いで上半身が裸になると兵士達の興奮の度合いはマックスとなった。


「こいつ顔は78点くらいだけど体は最高ですね」

「たまんねぇ」


 随分と勝手なことを言いやがって……。

でも、思い返してみたら俺も中学の水泳の時間にクラスメイトと同じような会話をした気がする。

元同級生の吉田さん、あの時は本当にごめんなさい。

言われる立場になって自分がどれだけ酷いことを言っていたか理解したよ。

もし同窓会で再会できたら優しく接することを心がけよう。

それもこれも元いた場所に帰れたらの話だけど……。

 何をされるかわからないんだけど、半ば捨て鉢な気分になっている。

でも、男はその気にならなきゃ行為はできないはずだけど、どうするつもりだ?


「寝台に寝かしつけろ」


 全裸で木製の台に押さえつけられてしまった。


「今さら泣き喚いても遅いからな。私が満足するまで魔法を使ってやる」


 魔法?

こいつ何をいって……。

俺の顔を乱暴に掴んでいた兵士の手から不思議な力が頭に入ってくるのを感じた。

途端に俺の意思に反して下半身が熱くなってくる。

どうなってる⁉︎


「準備はできたようだな。ハハッ、お前も期待しているんじゃないのか?」


 いや、それはない。

身勝手なことばかり言う奴だ。

それにしても魔法か……。

とんでもない力だ。

相手を睨みつけるくらいしか俺にできることはもうない。

隊長は寝台に押さえつけられた俺にまたがり腰を下ろそうとしてきた。

こんな世界に俺を連れてきたヒラメに悪態をつきたくなる。

いや、憎むべきはヒラメではなく卑劣な行いをする人間か……。


「貴様ら、何をしておるか!」


 あわやというところだった。

一団の兵士とともに少し豪華な服を着た人がやってきて声を荒げた。

やっぱり全員女の人だ。

ここには男がいなのか?

一目見て状況を悟ったのだろう、豪華な服を着た人は軽く舌打ちした。


「この男はなんだ?」

「はっ、城の庭をうろついていたので捕らえました。これから尋問をするところでして……」


 何が尋問だよ。

大慌てでパンツをあげながら隊長が答えていた。


「この牢は我々が使う。早く出て行け」

「は、はっ!」

「それから、その男は置いて行け」

「承知いたしました」


 俺を捕まえた兵士達は逃げるように牢屋を出て行った。


「服を着ろ」


 尊大な態度だったけど俺を襲う気はないようだ。

ありがたく脱いでいた服を着た。

今度の兵隊達はさっきの奴らよりも綺麗な制服を着ている。

全員が下級兵士ではないようだ。


「さて、クリスティア王女よ、お入り願おうか」


 一連のドタバタが落ち着くと、一人の女性が俺のいる牢屋に入れられた。

これまた豪勢な服を着た女性だ。

男装ではあるけどここではこれが普通なのかな?

美しくも凛々しい顔立ちで思わず見惚れてしまうほどだ。

さっきの有象無象とは大違いだった。

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