第3話 シローと王女
クリスティアと呼ばれた王女は周囲の兵士を睨みつけていた。
「王族である私をこのような場所に閉じ込めるとはな……」
敵対しているであろう貴族っぽい女の人は鼻で笑う。
「レガルタの戦姫を軟禁ではかえって失礼というもの。ここは万全を期させてもらいましょう」
「これで終わりだと思うな。東方守備隊はまだ健在だ」
「王都を落とされた者が何をほざいても負け犬の遠吠えですな」
「くっ……、ヒューストン将軍の裏切りさえなければ……」
「何をおっしゃられても無駄、無駄、無駄。窮屈でしょうが三日後の処刑まで手枷はそのままにしますぞ。そのかわり身の回りの世話はこの男にしてもらうといい。ちょうど良いところにちょうど良い者がいたものだ。なんでしたら御身の不幸をこの者で慰めればよろしいかと」
貴族女は高笑いしながら牢屋を出て行ってしまった。
俺もこのままここから出してもらえはしないらしい。
超困るんですけど……。
敵対する兵士たちが行ってしまうと、王女様は台の上にどっかと腰掛けた。
俺は立つ瀬もないのに突っ立ったままだ。
難しい顔をして正面を見ている王女様の表情は悲壮感に溢れ、とても話しかけられるような状態じゃない。
いろいろと聞きたいことがあるんだけどな。
「ふぅ……」
突如、王女が大きなため息をついた。
「まったく……うまくいかないものだな」
俺に話しかけたというより独白みたいな感じだ。
それでも会話の糸口にはなるかもしれない。
「大変なご様子ですね」
相手は王女らしいので丁寧な言葉を心がけた。
俺は良識ある社会人だからね。
話しかけられた王女はびっくりしたように俺を見つめる。
「私に直接話しかけるとは……。まあ良い、所詮は囚われの王女だ。今さら身分をどうこう言っても詮なきこと。ふふっ」
なんか自虐的に笑っているけど、話しかけても大丈夫そうだ。
「質問してもよろしいでしょうか?」
「うん? よいぞ。好きにいたせ。どうせすることもないのだ」
お許しがでたので色々と聞いてみることにした。
「ここは、どこですか?」
「ここは牢屋だよ」
そういうジョークを言う上司は多いけど、大抵は嫌われているよ。
王女様でも気をつけたほうがいいと思う。
俺の困惑した顔をみて王女はわずかに微笑んだ。
「すまん、戯言がすぎたな。当然ここはレガルタ王国の王都、レガルタだ。お前はよそから連れてこられたのか?」
連れてこられたというか、送り込まれたというか。
おそらくヒラメによって異世界へ送り出されたのだと思う。
「私はこの世界の者ではありません。どういうわけか、ちがう世界からこの世界へとやってきてしまったようなのです」
王女は俺をじっと見つめていた。
まるで俺の言葉を噛みしめているように。
そして俺の手を取って台の端に座らせてくれた。
「少々足りない子のようだな。綺麗な身なりをしているからどこか良家の子弟であろう。親の名前はなんという? 言えるか?」
うん、おかしなことを言った自覚はある。
だけど魔法のある世界だろう?
そこは異世界からの召喚とかで納得してほしかった!
「私の名前は真田士郎と申します」
「サナダ……シロー?」
「真田が家名です」
王女様は半眼で考えを巡らせていたようだが小さく首をふった。
「サナダという家名に心当たりはないな。響きも外国のもののようだ。我が国の民ではないのだろう。かといって帝国にもそのような家名はないと思うが……」
日本国が帝国を名乗っていたのは、俺の祖父母が子どもの頃までの話だ。
「そなたはシローというのだな。いくつになる?」
「今年で24歳になりました」
「なんと、私よりも年上か。若く見える」
そう言いながら隣に座った王女様は俺の頭を撫でてきた。
完全に頭の弱い子扱いだ。
それにしてもこの国の女の人は体のサイズが大きい。
まるでドイツ人みたいだ。
俺の身長は168センチだけど、それよりもずっと大柄だ。
そしてお胸もかなり大きい。
この王女様は美人の上にスタイルも抜群だ。
思わず顔が赤くなってしまった。
「ふふふ、照れているのか? 愛(う)いやつだ。安心しろ、力ずくで手篭(てご)めにするようなことはしないから」
さっきの奴らよりずっと良識はあるようだ。
物腰も柔らかく、俺に対する態度も優しい。
どことなく憐れみを含んだ態度は気になるが……。
ていうか、さっきの兵士たちはごめんだけど、この人が相手なら全然オッケーですよ。
むしろ抱かれたい!
いやいや、それどころじゃなかったな……。
今は色気よりも情報を引き出さないと。
「王女様、ここには男はいないのでしょうか? この国に来てから一度も見ていないのですが」
「今は戦時だから隠れているのだろう。その辺をうろついていれば、お前のように帝国の兵士たちに拉致されてしまうからな」
ここの兵士は女ばかりのようだ。
「男の兵士はいないのですか?」
「男は魔法が使えまい? 身体的にも女に劣る。我が国では兵士は女がつとめるものだ。敵国であるルルゴア帝国でもそれは同じだ」
アホな子に噛んで含めるように王女様は説明してくれた。
なるほど、男は魔法を使えないのか。
あれ?
おかしくないか?
そういえばあのヒラメが何か言っていた気がする。
創造魔法とかなんとか言っていたような……。
「シローよ、お前はどこから来たのだ?」
魔法について考えたいのだけど王女様が話しかけてきた。
無視するわけにもいかないよな。
「自分は日本国という国から来ました」
「それはどこにあるのだ?」
「えーと……」
「すまん、すまん。お前にはちょっと難しすぎたな」
すっかりそういう扱いになってしまったな。
悪気はないんだろうけど少し腹がたつ。
「日本国とはどのようなところだ?」
ここは知性溢れる答えで俺に対する見方を変えてやることにしよう。
「海に囲まれた島国です。人口はおよそ1億2千600万人います。工業と科学技術が進んだ経済大国です」
どうよ?
「はっはっはっ、そうか、島国なのに帝国の三倍以上の人間がいるのだな。いや、シローの物語は面白い。すまなかったシロー。そなたは私を励まそうとして道化を演じてくれていたのだな。てっきり知能の発達が遅い者かと思ったが、私の思い違いだったようだ」
そういうわけじゃ……。
「礼を言うぞ。どうせ三日後には公開処刑となる身だが、それまでお前が一緒でよかったよ」
「はあ……。あの、王女様は魔法が使えるのですよね?」
「むろんだ。攻撃魔法に関してはこの国でも五本の指に入ると言われている」
「でしたら、なんとかここから脱出する方法とかないのですか?」
魔法についての具体的なことを知りたかった。
だって、俺が見たのは男の下半身を操る魔法だけなんだもん。
「残念だがこの手枷をつけられている状態ではな。これは特別なマジックアイテムで、これを嵌められると魔法が使えなくなってしまうのだ。身体強化さえ使うことはできない。今の私はさながらか弱い男のようなものなのだよ」
ほほーん……、つまりこの世界の女は魔法の力で男よりも優位な地位に立っているということなのだろう。
だから兵士も貴族も女ばかりなのね。
「もしも、この手枷を外すことができたら脱出は可能ですか?」
「うむ。私もレガルタの戦姫と呼ばれた剛の者だ。この程度の牢なら簡単に突破はできる。ただ、その後の追跡をかわし安全圏まで落ち延びられるかは微妙なところだな」
王女様の手首には手錠のような金属製の手枷がついている。
これは叩いたくらいじゃ外れそうにないな。
「あの、私はどうなるのでしょうか?」
「さてな……。私と違って殺されることはあるまい。おそらく奴隷にさせられて、どこぞの貴族の褒美にでもなるのだろう。あるいは開拓民として辺境に送られることも考えられる」
奴隷にせよ開拓民にせよ明るい未来は想像できない。
ここは何としても逃げ出したいところだが……。
「すまんな。このようなことになったのも我が国が帝国の侵攻を止められなかったことに原因の一端がある。許してほしい」
王女様は大まじめで俺に謝ってきた。
「いえ、王女様が悪いわけでは」
悪いのは俺を取っ捕まえた奴らと、あのヒラメだ。
そう、ヒラメだった!
今、大事なのは魔法のことだ。
「王女様、魔法というのはどのようにして使うのですか?」
「どのようにしてだと? そう言われてもな……。幼少の者は深く内省して己の特性を見つめることから入るのだが、今さら聞くまでもあるまい。常識であるぞ」
そうなのか。
深く内省ね……。
どうなんだろう?
俺も静かに自己を見つめれば、どんな魔法が使えるかわかるのかな?
……ちょっとやってみるか。
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