ダンジョン島で宿屋をやろう! 創造魔法を貰った俺の細腕繁盛記

長野文三郎

第一章 女将じゃなくて男将? ダンジョン島で宿屋 編

第1話 プロローグ

 二十年以上生きてきたのだが、俺はヒラメとカレイの区別がつかない。

左ヒラメに右カレイだっけ? 

腹を下に置いて顔が左ならヒラメ、右ならカレイ……だった気がする。

確信はない。

いや、そんなことはどうでもいいんだ。

俺は今、不思議なことに直面している。

以前に読んだライトノベルにも「不思議なことは唐突に起こる」と書いてあったが、その言葉に偽りはなかった。


「だからぁ、助けてくださいよぉ」


 俺は命乞いをされている真っ最中なのだ。

俺が釣り上げたヒラメ?にだ。


 休日を返上して接待釣りというものに参加していた。

釣りなんてやったことがなかったし、道具だって持っていなかったけど会社から強制参加を命じられて仕方なくだ。

生まれて初めて釣り船に乗り、船酔いを我慢して笑顔を作りながら釣り糸を垂れると、俺の竿にその日一番最初の当たりがあった。

上司は苦い顔をしていたが、俺だって釣りたくて釣ったわけじゃない。

接待相手の部長さんが先に釣り上げるようにと、わざと小さな餌をつけて竿を投げたのだが、意に反して大物のヒラメが釣れてしまったわけだ。


「そりゃあ、刺身にしたってムニエルにしたって私は美味しいですよ。ですけどね、こうして頭を下げてお願いしているんです。貴方にも憐みの心はあるでしょう?」


 お辞儀をしているつもりなのだろうか、ヒラメの頭が小さく動いた……気がした。

おかしなことだが、周りの人たちはヒラメの声にまったく気が付いていないようだ。

俺の頭、大丈夫か? 

それともこれは夢で、実は俺はまだアパートの寝室で寝ているのかもしれない。

試しに右の頬を思いっ切りつねってみたが痛いだけで目は覚めなかった。


「こんなにお願いしているのにダメですかい?」


 人語を喋るヒラメなんて食べる気にはなれない。

むしろ早く逃がしてこの状況を終わらせたい気持ちでいっぱいだ。

だけどうまく言葉が出てこないし体も動かない。

魚に話しかけなんてしたら周囲の人に正気を疑われてしまってもおかしくないし、いきなりボックスの中のヒラメを海にかえしたら上司や部長さんは何事かとびっくりしてしまうだろう。


「わかりました。じゃあ、貴方の願いを一つかなえてあげましょう。どうしますか? 常務にでもなって威張りくさったアイツラを見返してみては?」


 ヒラメがチラっと上司と協力会社の部長さんを見た……気がした。


「……」

「常務じゃ満足できないですか? まあ、社長でも構いませんがね」


 ヒラメの与太話は続いている。


「なんだったら会長でも筆頭株主でも何にだってしてさしあげますよ」


 俺の勤める会社ははっきり言ってブラック企業だ。

業績も芳しくない。

こんな会社の偉いさんになったところで苦労するばっかりのような気がする。

肩書なんてシステムが潰(つい)えてしまえば役に立つものではない。

どこかの国の王様になったところで国がなくなってしまえばただの人だ。

重責を背負わされるのもまっぴらだった。


「ん~、貴方は権力欲というのがないのですね……」


 面倒なことは嫌いなのだ。

それだったら超モテモテのイケメンにでもしてもらいたい。


「イケメンは無理です」


 ヒラメは俺の気持ちを読み取って即答した。

社長にするよりイケメンにする方が難しいのか? 

だったら世間の美の基準を変えて俺を最高にしてもらいたい。


「できるわけないじゃないですか。 私はシマアジじゃないんですから!」


 魚類の能力については全く理解が及ばない。

ヒラメには何ができて何ができないんだろう? 

それだったら、手先とかを器用にしてもらうとかはどうだろうか? 

小さいころから不器用でちょっとだけコンプレックスなんだよね。

いろんなものを上手に作り出せるようになれれば楽しそうだ。

ヒラメが俺を見て笑った……ような気がした。


「つまり、貴方の望みは創造魔法というわけですか、真田士郎さん」


 こいつ、どうして俺の名前を……? 

ヒラメに聞きたいことはいくつかあった。

創造魔法ってなに? 

どうして俺の名前を知っているの? 

普通に10億円欲しいと言えばもらえるの? 

などなど……。

だけど、そんな暇はなかった。

やや濁った海がぽっかりと口を開けたように見えた。

それはまるで直径2メートルもないブラックホールのようだ。


バシャッ!


 音を立ててヒラメが空中に跳ね上がり、そのまま海へ戻るのが見えた……気がする。

すべては一瞬のことだったから確認はできていない。

俺は水面に現れたブラックホールみたいな穴に吸い込まれてしまったのだから。

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