第53話 太ももと心臓

 それは白昼の悪夢だった。

俺を見つめるジャニスの瞳には喜びと狂気が宿っている。

腰を滑らせて後ろへ逃げようとしたが狭いボートの中では逃げ場がなかった。


「何をしに……」


 かすれる声で尋ねるとジャニスの笑顔は一段と大きくなった。


「お前に会いに来たに決まっているじゃないか! なぁ、この火傷や傷がどうしてついたか聞いておくれよ」


 そんなことは聞かなくても想像がつく。

セシリーはジャニスたちに復讐をすると言って島を発ったのだ。


「セシリーに?」

「そのとおりさ。重力魔法を使える奴なんてどこにもいやしない。あのバカが秘宝のオーブを使ったに決まっているんだ。だけどね、ごらんの通りアイツはヘマをやらかした。アイツは私が死んだと思っているだろうが、私はこの通り生きているのさ!」


 ジャニスは咽喉が乾いたのか唇の端をぺろりと舐めて続ける。


「今度はこちらが復讐する番だよ。だけどね、いきなりセシリーを殺すなんてことはしない。最初はアイツの周囲にいる人間から手にかけて、不幸のどん底へ叩き落すところから始めてやるのさ。手始めにアンタから……」

「俺を?」

「調べはついているよ。アイツが酔っぱらってアンタへの想いを口にしていたのを何人もの人間が聞いているんだ」

「だけど……」


 ジャニスは嬉しそうに身震いした。


「いいねぇ、その顔! 実にそそるよ。安心しな、殺す前にたっぷりと楽しませてやるからさ。アタシが満足するまで何べんでもご奉仕させてやるさ。それで楽しんだ後はアンタのアソコを切り取ってセシリーに送り付けてやるんだ。ご馳走様ってメモを添えてな!」


 とんでもないゲスだ……。


「シーマ、こいつを排除しろ!」


 俺の命令に海の中からシーマが躍り上がり、左右からもりで攻撃を仕掛けた。

だが、ジャニスは攻撃を軽々とかわし、腰の剣を一閃させて1号の首を切り落としてしまう。

そして返す剣で2号も袈裟懸けに切り倒してしまった。


「ふぅ、いきなり物騒じゃないか。それで……、もう終わりなのかい?」


 ワンダーを岸に残してきている俺にはこれ以上打つ手がない。

最初から海に飛び込んでシーマに岸まで連れていってもらった方が正解だったかと後悔したが、それだってうまくいったかどうかは不明だった。

とにかくこの場は逃げるしか……。


「おっと、逃がさないよ」


 素早く動いたジャニスの手が俺の手首を掴み、腹に強烈なパンチを見舞われた。


「少し痛い目を見せた方がよさそうだね。アンタの立場ってやつをわからせてやるよ!」


 さらに二発のパンチを腹に食らって俺は膝をつきそうになるがジャニスはそれを許さず、フラフラの俺をボートから自分の小型船へと投げ飛ばした。


「あっちじゃ狭すぎて楽しめないからね」


 自分も船に飛び移り甲板に横たわる俺を見下ろしてくるジャニス。

ポッポーはまだ無事だから海岸までシーマ3号と4号を呼びにやらせるか。

そして俺は隙を見て海に飛び込む。

今はそれが最良の策だろう。


「ん~? まだ諦めていない顔だね……ΔΓ§Ξ」


 短い詠唱が終わるとジャニスの手から火球が飛び出し、ボートのへりにいたポッポーが燃え上がった。

ウッドゴーレムであるポッポーは消し炭のようになって海中へと沈んでしまう。


「念には念を入れておかないと……。さて、どうしようかね。泣いて許しを乞うまで殴り続けるというのも手だけど、それはいつでもできる」


 言いながらジャニスはポケットから出してきた革ひもで俺の手首をマストに縛り付けていく。


「あんた、まだ抵抗を諦めていないんだろう? 従順にさせてから好きなように弄ぶのも好きなんだけど、諦めきれていない男を無理やり犯すのもたまらないんだよね」


 言うことが一々最低だった。

顎を掴まれた状態で顔を舐められたが、肌の上にナメクジが這っているような感触に悪寒が走った。


「さてと」


 ジャニスは乱暴に俺のシャツを引きちぎっていく。

異世界から持ち込んだ数少ない思い出の品がビリビリだよ。

チノパンも脱がされて、最後に残ったボクサーパンツも外された。

しかもボクサーパンツは全部脱がさずに足首に引っ掛けた状態のまま。

コイツ……。


「本当に綺麗な肌をしているんだねぇ。殺すのが惜しくなってくるよ。いっそ奴隷として連れていこうかしら」


 勝手なことをほざきながらジャニスは自分も身につけている服を脱いでいった。


「どうだい? いい体だろう?」

「セシリーの方が綺麗だ」


 俺にとってはこの言葉が最大の抵抗だった。


「ふん、すぐにヒーヒー言わせてやるからな。その後はじっくり矯正して、自分からおねだりができるように躾けてやる」


 ジャニスは俺の頭を掴み、魔法を送り込んでくる。

俺の意思とは関係なくオッキするリトルジョー。

いつもながら本当に理不尽な話だと思う。


「さてと、まずは味見といこうかい」


 ジャニスはこちらに見せつけるように、ゆっくりと腰を落とす。

こうして俺は犯された……。


「どうだい? 気持ちいいだろう?」

「別に……」


 これは本心だった。

ただ俺は無感動に目の前の光景を眺めるだけだったんだ。

もしも俺がこの世界の男だったり、元居た世界の女だったら絶望していたのかもしれない。

だけど、俺は自分でもびっくりするくらいに無感動だった。

自分の中で何かが壊れてしまったのかな? 

レイプされても男の俺には妊娠の心配はない。

こういう肉体的構造差が男女の精神のありようを変えているのだろうか? 

だとしたら性差を越えた男女の相互理解って難しいな。

だけど、暴力に屈して相手の言うことをきかざるを得ないという屈辱は男女共通の痛みだと思う。

性行為はやっぱり当人同士の約束事の上で成り立たなければならないはずだ。

そして、そこには合意と相手を思いやる優しさがあってほしい。

自分の腰を激しく打ち付けてくるジャニスを見ながらそんなことを考えていた。


「やだねぇ、もう諦めちまったのかい? もう少し抗う様子を見せてくれないと……んっ……こっちが燃えないじゃないか」


 ジャニスは動きを止めずに俺に話しかけてくる。


「それとも忘れちまったのかな? ことが終わったら、あんたのアソコは切り取られてしまうんだよ」


 腰に差したナイフを抜き取り、ジャニスは見せつけるようにその刃を舐め揚げた。

そうだった! 安穏と構えている暇はないのだ。


「そうそう! その表情だよ! 自分の立場を思い出したようだね……んっ……。さあ、頑張るんだよ。私がお前を気に入れば、奴隷として生かしておく道もあるんだからさ。ほら、自分で腰を振ってアタシを気持ちよくさせてみな!」


 ペタペタとナイフで俺の頬を叩きながら、ジャニスは満足そうに笑っている。

しかしどうやって脱出すればいいんだ? 

手首は頭の上でマストに縛り付けられている状態だ。

よしんばこの革紐を何とかできたとしても、身体的能力ではとてもジャニスには構わない。

その時、俺は目の前でヒラヒラ輝くナイフに小さな傷を見つけていた。

傷と言ってもひっかき傷くらいの目立たないものだったし、道具として使う分には何の影響もないほどのわずかなものだ。

だけど、その傷が俺に啓示をもたらしてくれた。


####


修理対象:ナイフ

消費MP:12

修理時間:4秒


####


 「修理」の魔法は手で触れなくても視界にあれば発動できる。

修理対象をナイフに定めて魔法を発動すると、ジャニスの手の中にあったナイフは光の粒になって消え去ってしまった。


「えっ? な、なにが起こった?」


 握っていたナイフが突然消えてしまったのでジャニスは相当焦っているようだ。

あまりの驚きにそれまで激しく動いていた腰の動きも止まっている。


ポーン♪

ナイフの修理が完了しました。出現場所を指定してください。


 最初にジャニスの心臓の辺りを見つめたが、俺は考えを変えて大股を開いている内ももの辺りに視線を逸らした。

そしてその場所をナイフの出現場所に選ぶ。


「ギャッ‼」


 鋭い悲鳴を上げながら腰の上にいたジャニスが飛びのいた。

見ればピカピカのナイフがジャニスの太ももに深々と刺さっており、大量の血が流れだしている。

のたうち回るジャニスを横目に、今度は自分を縛り付けている革紐を修理対象に選んで消した。


「貴様、何をした!?」


 憎悪を浮かべるジャニスが剣を構えてこちらに牙をむく。

むき出しの太ももにはナイフが刺さったままだが出血は減っている気がした。

きっと身体強化魔法を使って止血sたのだろう。


「……」


 質問には答えずにジャニスの剣を修理対象に指定する。


####


修理対象:ショートソード

消費MP:18

修理時間:8秒


####


「くそっ!」


 再び光の粒となって消えた剣に狼狽しながらもジャニスは俺に飛びかかってきた。

まるでスローモーションを見ているようだった。

狂気に歪んだジャニスが俺に迫ってくるけど、修理と出現は追い付かない。

おそらくジャニスは俺の息の根を止めようとしている。

先ほどのナイフを太ももではなく心臓の位置に出現させていれば……、そんなことを考えたけど、やっぱり俺に人殺しは無理だったとも思う。

それが俺なのだから仕方がない。


(短い人生だったな)


 つまらない感想が湧いたその瞬間だった。


ブゥオン‼


 突然、飛来した大きな火球がジャニスを包み海の上へと吹き飛ばしていた。

いったい何が起こった? 

慌てて起き上がり、火球が飛んできた方向を眺める。

そこには、この真夏に真っ黒なコートを羽織り、汗一つ掻いていない青白い顔をした少女がプカプカと宙に浮かんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る