第54話 シャトー・シロー

 宙に浮かんだ少女は感情に乏しい表情で俺のことを見つめていた。

そういえば、俺は裸じゃないか! 

慌てて大事なところを両手で隠したけど、魔法で無理矢理オッキさせられているからちょっとした苦労を強いられてしまった。

もっとも少女は俺の格好など気にしている様子はない。

よく見ると足首にボクサーパンツが引っ掛かっていたので、横を向いて下着を履きなおした。


「助けてくれたの?」


 少女は無言で頷いた。


「ありがとう。俺はシロー。シロー・サナダ」

「シエラ……」


 呟くように名乗って、少女は俺のいる船の上にふわりと降りてきた。

なんだろうこの子、生気がないというか……人とは違う生き物の気がする。


「あの……あれは?」


 俺は黒焦げになって海に浮かんでいるジャニスを指さした。


「死んだ……」

「そう……なんだ」


 ジャニスの死を知っても悲しい気持ちにはなれない。

ただ、その事実に安心しただけだ。

わざわざ遺体を引き上げることもないだろう。

このままにしておけば、やがて魚たちの餌になる。


 シエラはぼんやりと俺の方を見ているけど、視点はもっとずっと後ろの方にあるようだ。

要するにどこを見ているかわからない子なんだよね。


「シエラはどうしてここに?」

「旅」


 見たところ辺りに船はない。

ということはやっぱり空を飛んで旅をしているのだろうか。


「一人旅なんだね」

「そう。……観光」


 サイトシーイングですか……。

改めてシエラをよく見ると左手には革製の旅行鞄、右手には白い日傘を握っている。

身長は150センチくらいの小さめで髪の毛は見事な銀色。

肌は青みがかっていて透き通るほど白かった。

黒いマントの下には青と白のドレスを着ているけど、そんな厚着をして大丈夫なのか? 

一番印象的なのは瞳の色で、限りなく赤に近い茶色をしていた。


「俺はあそこの島で宿屋をやっているんだけど、よかったら寄っていかない? 助けてくれたお礼にご招待したいんだけど」


 シエラはしばらく俺を見つめた後、コクンと小さく頷いた。


 小型船を操るのは大変なので自分のボートに乗り換えて桟橋まで戻ってきた。

その間シエラはボートの舳先へさきに座って手を水につけてぼんやりしていた。


「3号、4号、沖に残してきた小型船を回収してきてくれ。それから1号と2号が沈んでいると思うから……」


 シーマたちに指示を出してシエラに向き合う。


「宿はこの森の奥なんだ。俺はこの馬型ゴーレムに乗っていくけど……」


 シエラはふわりと浮き上がり、躊躇いなく俺の前にちょこんと座った。

俺はパンイチの状態なんだけど抵抗はないらしい。


「お腹は空いてる?」

「空いている……」


 だったらすぐに食事を作ってあげるか。

でも、先にシャワーを浴びたいな。

ほら、いろいろとすごいことになっているからさ……。

嫌な記憶は拭えなくても、体くらいは綺麗に洗い流したい。


「だったらすぐにご飯にしてあげるからね。シエラはどんなものが好きかな」

「血」


 チ? 

チってブラッドの血?


「B型がいい……」

「この世界にもABO式があるの!?」

「人間は知らない。ヴァンパイアだけが知っている」


 そ、そうなんですかぁ……。

予めいろいろと確かめておいた方がよさそうな気がするけど、何から質問しようかな。


「えーと、シエラはヴァンパイア?」

「そう」


 やっぱりそうなんだ。

雰囲気が尋常じゃないというか人間離れしていたもんな……。

まあ、それはいい、シエラが何者であれ命の恩人であることには変わりはない。

問題はこの後だ。


「その……シエラも人間の血を吸ったりするのかなぁ……なんて」

「吸わない」


 そうなのっ!? 


「へ、へえ~~」

「皮とか肉が裂ける感触が嫌い プツッってする……」


 言いながらシエラは身震いした。

ああ、だから直接かぶりつかないというわけですか。

噛みつくのも、手や剣で斬るのも、果ては風魔法で切り裂くのも悪寒が走るそうだ。


「そ、それじゃあ、どうやって血を飲むの?」

「コップ……できればジョッキ」


 生中みたい。

グビグビいきたい派なんだ。

でも、それって人間を傷つけないヴァンパイアってことだよな。


「そっか。シエラは人間に優しいヴァンパイアなんだね」

「別に……、殺すことに躊躇はない」


 あれ?


「切り裂くのは苦手だけど、焼いたり凍らせたりは得意」


 そ、そうですか。

俺、大丈夫なのか?


「あの、俺を殺したりとかは?」

「なんで?」

「血を取るために……」


 シエラは首を振った。


「殺すのは簡単だけど、その後で血を絞るのが生理的に無理。鳥肌が立つ」


 みんなそれぞれ悩みがあるんだなぁ……。


「それに……」

「それに?」

「魔法を使える男を初めて見た。興味深い」


 修理の魔法を見られたんだな。

とりあえず俺に興味を持っていて殺意がないなら良しとしよう。

シローの宿へのお客様として全力でもてなすことにした。



 シエラには岩屋でくつろいでもらっている間に、手早く身を清めた。

ジャニスのやつ性病とか持っていないだろうな? 

心配ではあるけど、今は石鹸でよく洗うくらいしか対処法がない。


 さて、シエラに何を出してあげようかな。

やっぱり血はマストなんだろうけど、自分の体を傷つける度胸はない。

創造魔法で作れないかな?


####

作製品目:血液

カテゴリ:薬品作製(Lv.3)

消費MP 179

説明:輸血に使う健康な人間の血液(RH± A,B,AB,Oから任意の血液型が選べる)

作製時間:10ml/10分

####


 100ml作るのに1時間40分、レベル補正をいれても1時間25分か。

そこまで待たせるわけにはいかないから50mlだけ作って食前酒みたいに飲んでもらうか。

確かB型が好きだったんだよな……。

ジョッキでプハぁな感じにはならないけど、今は我慢してもらおう。


 それから倉庫に保存してあるブラッドソーセージを出すのもいいな。

これはひき肉と動物の血液を混ぜて小麦粉などのつなぎを加えて茹でたソーセージだ。

一般的なソーセージよりも黒っぽくて独特の風味がある。

屠殺した家畜を余すところなく使おうという知恵から生まれた食品だね。

パプリカのマリネを作り、ブラッドソーセージに添えて出すことにした。


 調理場から岩屋へ戻ると、シエラは作ったばかりの長椅子の上でくつろいでいた。

黒いコートは脱いであり、ドレス姿で横座りをしている。


「おまたせ。食事の用意ができたからこちらへどうぞ」

「ん」


 シエラの体が音もなく浮き上がり、俺の引いた椅子に降りてきた。


「それでは、最初にこちらをどうぞ」


 小さなグラスをテーブルの上に置くと、ずーーーっと無表情だったシエラの顔が初めて驚きを示した。

小さな脚付きグラスに入った血は食前酒というよりも赤ワインのように見える。


「これは……」

「急だったからこれしか用意できなくてごめんね。だけど、シエラが好きだと言っていたB型を用意したよ」


 シエラは不思議そうに俺を見つめた。


「シローの血?」

「ううん。そうじゃなくて、俺が魔法で作った血なんだ。俺は創造魔法が使えるから」


 シエラはグラスと俺の顔を何度も見比べた。

そしてゆっくりとグラスを手に取り香りを嗅ぐ。


「本当に血だ……」

「毒なんて入ってないから飲んでみて」

「ん」


 シエラはゆっくりと、でも中断することなくグラスを傾けて、グラスの中の血液を全部飲み干した。


「美味しい……」

「本日は希少なRH-をご用意いたしました。なんてね」

「ふふっ……本当に久しぶり……」


 あれ? 

シエラの頬に赤みが差している? 

今までずっと無表情だったのに今度は笑みまで! 

俺を見つめながら真っ赤で長い舌を差し出してきたぞ。 

そして二本の指でつまんだグラスの内側を舐め始めた! 

あの……ものすごくエロイ表情をしていらっしゃるんですけど!?

今迄とのギャップが大きすぎて頭の整理が追いつかない。


「シロー……」

「な、なに?」

「おかわり♡」


 今やシエラは蕩けそうな笑顔を見せている。

シャトー・シローの輸血用血液RH-B 2019年はいたくシエラのお気に召したようだった。

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