第50話 プレゼント

 夕飯のデザートにはクレームブリュレと水出しアイスコーヒーを出した。

グラム様はブリュレがお好きなようで、嬉しそうに表面のカラメルを割っている。

本来なら焼きあがったブリュレに粉糖などをふりかけてバーナーで焼き焦がすのだが、この島にバーナーなどはない。

だから士官の一人に極小火力の火炎魔法を使ってもらってカラメルを焼いた。

さすがは細かい魔力操作には定評のあるエレンさんだ。

絶妙な焼き加減だったよ。


「おいしい……」


 グラム様は本当にうれしそうにブリュレを食べていた。


「お替りもありますからね」

「うん……いただこう」


 恥ずかしそうに頷くグラム様もとても可愛い。

そうだ、今のうちに第六位階の天使について聞いておこうかな。


「そうそう、ちょっとお聞きしたいんですが、第六位階の天使様って……どんな方なのですか?」


 グラム様はブリュレをすくうスプーンの手を止めずに答えてくれる。


「第六位階というとエクソシアス様か? エクソシアス様は聖騎士団が信奉する守護天使だな。邪悪に対抗する者に加護を授けてくださる天使だ」


 ほほう、なんだか強そうな予感。


「強力な光系統の呪文といえば、エクソシアス様のお力を身に宿して使うものが多いのだ。中でも天上の破光という呪文は高位の聖職者や聖騎士のみが使える呪文で、数百体ものアンデッドを一撃のもとに葬り去ると言われている」


 第六位階といってもさすがは天使なのね。


「もしかして、エクソシアス様は剣なんてもってたりしますか?」


 ここで、初めてグラム様はブリュレを食べる手を止めた。


「剣? 確かにどの宗教画をみてもエクソシアス様の右手には光の剣が握られているな。そうそう、天使長ラバーユから授けられた破邪の剣と伝えられている」


 やべっ。

これはもう間違いなさそうじゃね?


「その剣が人間界にあったりなんてすることは……」

「シローは詳しいな。聖騎士ウンベルトが所持していたなんていう伝説もあるけど、それこそお伽噺のレベルだ。真偽のほどは定かじゃない」


 お伽噺じゃなくて事実みたいです。


「もしもですよ、もしもその剣が見つかったらどうなります?」

「それは……大騒ぎになると思う。かなりの力を秘めた聖剣の一振りだからね。……男将? 何かあったのか?」

「えーとですね……」


 今は食事の最中なので落ち着かない。

それにことは俺の魔法に関係することだから、あまりたくさんの人の前で話したくはなかった。


「何でもないのです。それよりも基礎工事の作業報酬について確認したいことがあるので、あとでお時間をいただけませんか?」


 いつものように超テキトーに誤魔化しておいた。



 食事がすんでグラム様だけが食堂に残った。


「それで、作業報酬についての確認というのはどういうこと?」

「それはグラム様と話すための口実です」


 あっさりとネタ晴らしをして、壁に立てかけておいたボロボロの剣を持ち上げた。


「お話はこれについてなんです」

「その錆びた剣がどうしたの?」

「エクソシアスの剣です」

「……」


 あ~、久しぶりです。

その痛い子を見るような視線。


「信じられませんか?」

「いくら男将の言うことでも……」


 グラム様は判断がつかないようだ。

どうせなら剣を修理した状態で見せた方が良かったな。


「昨日、俺の魔法については話しましたよね」

「うん……」


 休憩時のピロートークとして俺の能力のあらましは伝えてある。

ただ、実際に魔法を使って見せたわけではないのでグラム様は半信半疑のままだ。


「なんでしたら俺が修理しましょうか?」

「できるの?」

「32時間いただければね」


 グラム様の出発までには間に合うな。


「わかった、男将を信じるからやってみてくれ。だけど、なぜだ?」


 なぜとは何だろう?


「もしそれが本当にエクソシアスの剣だとして、どうしてそれを私に教えた?」


 そういうことか。


「俺は剣なんて持っていても仕方がありませんからね。戦闘は苦手なんです。金に換えるという手もあるのですが、この島に住んでいる限りはそれほど必要ないでしょう? でも、グラム様だったら使えそうだし、帝国へ提出するにしても手柄にはなりそうじゃないですか」

「それはそうだけど……」


 金なんて創造魔法があればいくらでも稼げるし、武器だって作ろうと思えば作れちゃうんじゃないの? 

作る気ないけど。


「それにね、この剣は兵隊さんが運び出していたゴミの中に混じっていたんですよ。だから、正確に言うと俺が見つけたわけじゃないですし」


 そう言うと、グラム様は苦笑していた。


「男将は正直だな……」


 正直というか興味がないだけだ。


「じゃあ、修理を開始しますね」

「うん」


 魔法を発動してエクソシアスの剣の修理を開始すると、ボロボロの剣は光の粒に分解されて空中を揺らめき始める。

やがてフワフワしていた光の球は一点に集中してまばゆく輝き、その姿をくらませた。


「消えた!」


 突然のことにグラム様は口を開けたままで俺を見つめていた。


「ねっ、俺も魔法を使えたでしょう」

「うん……。信じてはいたけど……」


 やっぱり、男が魔法を使えるってとんでもなくあり得ないことなんだな。


「さっきも言いましたけど修理は32時間後には完了しますからね」

「剣はどこへいったの?」


 それは俺にもよくわからない。

ただ創造魔法と同じで任意の場所に出現させることができる。

俺の視線が届くところで半径10メートル以内ならどこでも大丈夫だ。


「修理が済めばお好きなところへ出してあげられますよ。あ、でもダンジョンの中は勘弁してくださいね。俺もいかないといけなくなるので」

「それは構わない。私が見つけたことにしてしまうからこの部屋で出現させてくれれば問題ないよ。それにしてもエクソシアスの剣か……」

「やっぱりまだ信じていないんでしょう?」


 グラム様は気まずそうにしている。


「実物を見るまではな……」


 まあ、それはそうだろう。

天使の剣だなんて荒唐無稽こうとうむけいな話ではある。


「それでは……修理をよろしく頼む……」

「お任せください」

「うん……」


なんとなく会話が途切れてしまって気まずい雰囲気が部屋の中に流れた。


「それでは……あ~、おやすみ……」


まったく、グラム様は……。


「で?」

「で、とは?」

「今夜はどうされるんですか? 来ていただけるのならお風呂に入って部屋で待っていますよ」

「あ……うん……いく……」


 やったぁ! 

今夜もグラム様とパーリーナイトだ! 

体中をきれいに洗っておかないと……。

だけど、体力はもつかな?

毎日シェリルさんに回復魔法をかけてもらうのは悪い気がする。


「でも、あんまり遅くまではダメですからね。グラム様だって明日も調査なんだから」

「うん。その……昨晩はすまん。自分を抑えきれなかった」


 小さな体をさらに縮こまらせてしまったグラム様が愛おしかった。

戸口を確認してから俺はグラム様の頬に口づけした。


「悪い貴族様ですね。でも、特別に許してあげます、俺も気持ちよかったから」

「男将……」

「グラム様、二人でいる時はシローと呼ぶ約束でしたよ」

「そ、そうだった」


 グラム様が帝都へ帰るまであと四日か……。

そして、もう二度と会えないかもしれない人なんだ。

期限付きの恋人だけど、エクソシアスの剣はちょうどよいプレゼントなのかもしれない。

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