第113話 割れ鍋に綴じ蓋


 オイルマッサージの効果はてきめんで、もともと美しかったリーアンの肌はさらにピカピカになった。


「どう?」

「なんだか脱皮したみたいな感覚だよ」


 それは案外当てはまっているかもしれない。

 化粧水や乳液、ボディーローションの効果も完璧で、リーアンの女振りはかなり上がっている。


「これで明日からさらにモテてしまうかもしれないな」

「あんまり遊びすぎないようにね」


 チャラ女を調子づかせてしまったか?

 だとしたら世の男たちに申し訳ないことをしてしまったかも。


「ところで、マッサージはこれで終了かな?」

「そうだよ。もう遅いから今日のところはこれくらいにしておこうよ」


 ネイルを整えたり、脱毛処理をしたりなんかも考えていたんだけど、そろそろお開きにした方がいいだろう。

 ところが、リーアンは懇願するような目つきで俺を睨んできた。


「シローちゃん……」

「なに? なんだか怖いんだけど……」

「それはシローちゃんが悪いよ。シローちゃんは遠慮なくいろんなところを触っただろう?」


 それは認める。

 おっぱいだけじゃなく、太ももの付け根や、お尻まで、まんべんなく全身をマッサージしたのは事実だ。

 俺はうなずくしかない。


「このままじゃ体が疼いて眠れないよ」


 リーアンはうるんだ瞳で俺に訴えかける。

 やっぱりそうきたか。


「そんなこと言われても……」


 それでも、リーアンと深い仲になるのは躊躇われた。


「パルメット家のクオートのふりをしているけど、本当の俺は宿屋の男将だよ。身分が違うからリーアンとはお付き合いできないでしょう?」

「そうだけど、こんなの辛すぎるよ……。それはシローちゃんだって同じだろう?」


 リーアンはギンギンになっている俺のアソコを指さした。

 いけない、うっかり隠すのを忘れていたよ。

 パツパツのショートパンツをはいているから、それはもうごまかしようがないくらいふくらんでいる。


「私は魔法なんて使っていないからな。シローちゃんのそれは興奮でそうなっているんだろう?」


 クソ、俺がビッチであることを見透かされてしまったか。

 こうなったら開き直ってやれ。


「そうだったら、なんだって言うんだよ」

「お互いその気なんだから、やることは一つじゃないか」


 なおも渋る俺に、リーアンは妥協案を投げかけてきた。


「だったら手だけでもいい」

「手……だけ……」

「お互いに手だけで満足させあう。それならいいだろう?」


 じつを言えば俺の腹は一瞬で決まっていた。

 手で慰めあう、大いに結構じゃないか!

 それでも不承不承といった感じを前面に出したのは、ひとえに照れ隠しと、リーアンにイニシアティブをとられたくなかったからである。


「しょうがないなあ……。これが最初で最後だよ……」

「わかってる」

「絶対に挿入はなしだからね」

「それもわかってる。私はチャランポランな人間だけど、無理やりっていうのは絶対にしないから」


 なんとなくそれは信用できるな。

 チャラ女なりに、リーアンは男を大切にするタイプなのだ。


「じゃあ、こっちに来てよ。気持ちよくしてあげるからさ」


 近づいてきたリーアンの胸に顔をうずめて乳首を口に含んだ。

 そうしないと、鼻を伸ばしただらしのない顔をリーアンに見られてしまっただろう。

 それは悔しい。

 ぶっちゃけてしまえば、俺もこうなることを望んでいたのだ。


「シローちゃん……」


 リーアンが俺の顔を軽く持ち上げてキスをしてきた。

 やっぱり上手なんだなあ……。

 舌遣いがじつに滑らかだ。

 これは相当遊んでいるぞ。

 クリス様に鍛えられた俺にはよくわかるのだ。

 おーおー、遠慮なく絡めてきやがって。

 ピチャピチャと湿った音が浴室にこだまして、二人のスケベ心を高めていく。

 これが割れ鍋に綴じ蓋ってやつだろうか?

 俺たちの共通項は性に奔放であることだ。

 案外、リーアンとは気が合うのかもしれない。

 いっそセックスフレンドになるのも手かな?

 そんな気にさえなってくる。

 舌を絡めあいながら俺たちは同時に互いの秘所に手を伸ばした。

 おいおい、呆れるほど相性がいいな。

 考えることも、することのタイミングも一緒とは……。

 その夜、ビッチ二人は手と口を使い、それぞれが満足するまで互いを慰めあった。



 すっきりした心地で目が覚めると、リーアンはもうベッドにいなかった。

 きっと誰かに見られる前に出て行ってくれたのだろう。

 部屋は静まり返っているけど、クシャクシャに乱れたシーツが昨晩のご乱行の証拠だった。

 それにしてもすごかったなあ。

 予想どおり、リーアンはテクニシャンだった。

 久しぶりとはいえ、魔法なしで三回もいかされてしまったもん。

 俺もついつい頑張ってしまったよ。

 やられてばかりは悔しいからね。

 でもリーアンが体を震わせながら絶頂を迎えたのを見たときは、言い知れぬ達成感を感じたものだ。

 これは異世界から来た男としての性みたいなものかな。

 リーアンは「こんな積極的な男ははじめてだ」なんて言ってたけど、本当かな?

 でも、最後の一線を越えることはなかったぞ。

 セフレでもいいか、なんて考えもしたけど、そこだけはなんとか死守した。

 まあ、ちょっと意地を張っただけなんだけどね。

 これからも付き合いが続くのなら、その一線を越えることはじゅうぶん考えられる。

 ただセフレって難しいと思うんだ。

 ほら、お互いに深入りしないのがセフレの鉄則みたいなものじゃない?

 リーアンに恋人ができたり、彼女が結婚したりしたら、俺は平常心を保てるのかな?

 なんだかんだで俺は惚れっぽいからなあ。

 やっぱり、一線を越えないでよかったのかもしれない。


「レンく~ん!」


 ベルを振ってレン君を呼ぶと、言われてもいないのにコーヒーを載せたお盆を持ってきてくれた。

 俺の習慣をわかっていて、初めから用意していたのだろう。

 よくできたメイドさんである。

 ゴクウを呼んで、レン君の行動パターンを学習させたいくらいだ。


「おはようございます、クオート様」


 ベッドから出ないでコーヒーを受け取った。


「メッセージは?」

「たくさんお預かりしておりますよ。プレゼントも。それと、パルメット様がお昼ご飯をご一緒したいそうです」

「わかった。お昼前にお部屋にうかがうと伝えておいてくれる?」


 アキオンじいちゃんにも洗顔料と化粧水を試してもらうのだ。

 きっと喜んでくれるだろう。

 そうだ、髭剃り用の石鹸とアフターシェーブローションも開発するとしよう。

 この世界の男性は髭剃りを丹念にするのが習わしだ。

 無精ひげの生えている男は不潔、または淫乱とみなされるのである。

 不潔はわかるけど、淫乱ってどういう感覚なのだろう?

 もといた世界だと無精ひげが似合う男はセクシーってこともあったから、それに近い感覚なのかな?

 いずれにせよ、上流階級の男たちは髭の手入れを怠らない。

 シェービングフォームとアフターシェーブローションは喜ばれるに違いないぞ。

 アキオンじいちゃんは俺をじつの孫のようにかわいがってくれるので、俺としてもそれに応えたいのだ。

 ふと、リーアンのことが頭によぎった。

 これができあがったら、リーアンにも分けてあげようかな……。

 空想の中でリーアンの腋を剃る自分を想像してこそばゆい気持ちになった。

 小説で読んだのだけど、この世界の愛人は主人のムダ毛処理をしてあげるんだって。

 日本なら、お風呂で男の人の髭を剃ってあげる感覚かな。

 でも、そんなことをしたらリーアンが付け上がりそうだ。

 でもでも、やってみたい自分もいる……。

 ひょっとして、俺は深みにはまりかけているのかなあ?

 だとしたら、反省しないと。

 二つのアイテムをセットして、朝の身支度を始めた。

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