第114話 アイドルみたい
アキオンじいちゃんは髭剃りセットに大喜びしてくれた。
「いい匂いがするねえ。これなら毎日の髭剃りも楽しくなるよ。もういつもの石鹸には戻れないね」
あれは臭いもんなあ。
「大丈夫ですよ、おじい様。シェービングフォームはたくさんありますから」
「ありがとう、クオート」
ツルツルになった顎で、ほっぺにすりすりされてしまった。
アキオンじいちゃんとランチを食べていると、話題は帝都への帰還になった。
「いよいよ三日後だけど準備はどうだね?」
「荷物をまとめるだけですから、たいした手間じゃありません」
「ふむ、道中は私の馬車に乗ってくれるね? クオートがいれば退屈しないで済むよ」
そう言われて思い出した。
俺は自分の馬車を藪の中に隠して放置したままになっている。
カモフラージュ用のシートをかけておいたから発見はされていないと思うけど、そろそろ何とかしないとならないな。
さっさと行って馬車を改造しよう。
振動は俺の馬車の方が少ないから、アキオンじいちゃんにも乗ってもらった方が体への負担が少なくていいはずだ。
すぐにでも作業をはじめたかったのだが、俺の思いどおりにはならなかった。
「これはクオートさん、少々よろしいですか?」
「クオート様、ちょっとお話があるのですが」
出かけようにも、俺はひっきりなしに声をかけられ、人々に付きまとわれてしまったのだ。
みんなシャンプーや美容液を譲ってほしいと目の色を変えていたのである。
レグラン侯爵夫人が目に見えてきれいになってしまったので、噂があっという間にひろまってしまったのだろう。
それだけじゃない。
女っぷりがさらに上がったリーアンがモテモテで、それを見た他の貴婦人たちが色めきだったのだ。
おかげで女性からの問い合わせも多い。
さすがに化粧水の小瓶一本で100万ルーメンなどというあくどい商売はしないぞ。
値段は一本につき50万ルーメンだ。
さすがに買う人はいないんじゃないか?
そう思っていた……。
思っていたのだけど、現実は違っていた!
50万ルーメンの化粧水は飛ぶように売れてしまったのだ。
箔をつけるために、つい高値にしちゃったんだけど、それでも売れちゃうんだよねえ。
リゾートでいちばん高級な部屋に泊っているというのに、所持金が増えてしまったほどだ。
売れすぎて怖いくらいだけど、みんな喜んでいるからよしとしよう。
とりあえずもう少しだけ儲けたら在庫切れということにしてしまえばいいか。
これも帝都の社交界に入るための工作だ。
ということでシャンプーやリンス、化粧水や乳液、シェービングフォームとアフターシェーブローションなどをせっせと作って販売した。
もちろん馬車のことも忘れていないぞ。
みんなが寝静まるのを待って俺はエマンスロックを装着し、ホテルを抜け出した。
エマンスロックの力があれば、誰にも見つからずに外へ出られるからね。
そうしておいて、商人用の荷馬車を高級馬車に改良した。
エクステリアもインテリアも凝りに凝って、王族が乗っても恥ずかしくないような一台に仕上げたぞ。
あとは本物の馬を買ってくればいいだけだ。
こちらはリーアンに協力してもらうとしよう。
時刻はすでに明け方になっている。
昼過ぎまで起こさないよう、レン君にメモを残しておかなきゃ。
俺はあくびをかみ殺して金百合の間まで戻った。
昼過ぎに起きた俺は女装してリーアンを訪ねた。
「えーと、どちらさま?」
「シローだよ」
「シローちゃん? どうしてそんなかっこうを? それにこの胸は?」
「どっちも変装。こうでもしていないと化粧品を売ってくれという人たちが後をたたないから」
「なるほど。で、どういった御用かな?」
俺は本題を切り出した。
「じつは馬が欲しいんだ。リーアンなら売っている場所を知っていると思って聞きに来たんだ」
「そういうことならお任せあれだ。どんな馬が欲しいの?」
「馬車につけるのを四頭くらい。帝都まで行ければいいから、名馬じゃなくてもいいよ」
「馬車馬が欲しいわけだ。よし、私が知っている牧場へ行ってみよう」
「連れていってくれるの?」
「もちろんさ」
リーアンはすっと俺の腰に手を回してきた。
あのことがあったから馴れ馴れしくなっているな……。
俺はリーアンの手をピシャリとはねつけた。
「リーアン、俺はリーアンの恋人になったつもりはないよ」
はっきりと宣言するとリーアンは苦笑していた。
「すまない。これは癖みたいなものさ。すぐに行くかい?」
「できれば今日中に買ってしまいたいな」
「だったら私の馬で行こう。シローちゃんなら金の心配はいらないだろう?」
「まあね」
化粧品の売り上げで、資産は3千万ルーメンほど増えている。
これなら馬も余裕で買えるだろう。
俺たちは二人乗りで出かけ、首尾よく馬を手に入れた。
リーアンが馬車に馬もつけてもくれたよ。
こういうことには無知なので本当に助かった。
「ありがとう。これでなんとか帝都に行けそうだ」
「シローちゃんはどうしてそんなに帝都へ行きたいんだい?」
「大切な用事があるんだよ。人には言えないけどね」
エマンスロックを返すまで島には戻らないつもりだ。
我ながら変なところで生真面目だと思うけど、性分だから仕方がない。
女装のまま馬車に乗り、ゲートまで移動する。
守衛のお姉さんがたが女装の俺に声をかけてきた。
「こりゃまた立派な馬車だな」
「こちらに滞在しているシロー・サナダさまの馬車だよ」
すっとぼけてそう言うと守衛さんはすぐに納得したようだ。
「サナダ様というと、金百合の間に泊まっているお大尽だな」
「あの人か! 淑女たちがみんな夢中になっているとかいう」
「そうそう。本当の名前はクオート・パルメット様。社交界の次代の華はあの人だって、もっぱらの噂だぜ」
従業員の間でも有名人になっているんだ……。
「先日、スパであの人の水着姿を見たんだけど……」
「おい、まじか!? で、どうだった?」
「すばらしかった! 特にあの脚線美。足からお尻へのラインがもう……」
「いいなあ。私はまだイブニングドレス姿しか見てないよ。大胆に背中が開いていて美しい背骨が見えていたけど。あの人の肌は本当にきれいだよな」
そんなによかった?
だったら今度は丈の短いミニスカートでも開発してみようか。
それかちょっと高級な感じのするショートパンツとか。
夜会で着るのは無理でも普段着としてお披露目するのならありかもしれない。
俺のファッションでみんなが喜んでくれるなんて、まさに見せたがり屋の本懐。
いっそ、写真集とかを出したら売れるかな?
気分はもうグラビアアイドルだ。
あ、カメラは創造魔法で作れるんだなあ。
印刷機も。
面倒だからやらないけどね。
俺は正々堂々とゲートを通り、ホテルの駐車スペースに馬車を収めた。
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