第88話 お願い、聖者様!
解熱剤を飲ませるとアンの熱はいくらか下がった。
医者ではないので、どうすればよいのかはわからないけど、水分と栄養の補給は大切だと思う。
「さっき庭でレモンを見たのですが、あれをいただけますか?」
最初に出会ったお爺さんはカインさんというのだけど、カインさんはすぐに立ち上がって庭へレモンを取りにいってくれた。
「あと、砂糖と塩も欲しいのですが」
「塩はあるのですが、砂糖はありません」
お父さんのペルさんは申し訳なさそうだ。
「大丈夫ですよ。お湯の用意だけお願いします。ルージュ、船の食糧庫から塩と砂糖を持ってきて。それからティーポットも。一番小さいやつね。あと、手伝いをさせるからゴクウも二体連れてきてね」
「は~い」
俺が作ろうとしているのはスポーツドリンクみたいなものだ。
水と食塩、砂糖に酸味があれば簡単に似たような味のものが作れる。
レモンは入れすぎると喉の炎症によくなさそうだから少しだけにしておくか。
お湯を沸かして、味を見ながら塩と砂糖を入れた。
「こんなもんかな? ルージュも味をみて」
「うん……美味しいですよ。初恋の味です」
それってカルピスの昔のキャッチフレーズだ。
「じゃあ、氷冷魔法で冷やしてくれる?」
「私の専門は結界魔法だから、氷冷は得意じゃないですよ」
「凍らせてほしいわけじゃないんだ。飲みやすいように冷ましてくれるだけでいいよ」
粗熱が取れた段階で、横になっているアンのところへ持っていった。
熱は下がってきているけど、アンは息苦しそうにしている。
痰(たん)が絡むようでゼイゼイと喘鳴(ぜんめい)が聞こえた。
脳炎の薬ができたら、痰を出してやる薬も作ってあげた方がよさそうだ。
それなら数十分でできるはずだ。
冷ましたスポーツドリンクをティーポットに移して、注ぎ口をアンの口元へ運んでやった。
「さあ、これを飲むと元気が出るからね。頑張って飲んでみようか」
ゆっくりとポットを傾けてスポーツドリンクを飲ませてやると、アンはゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。
かなり喉が渇いていたようだ。
「頭を冷やすために氷を用意できるといいんですが、魔法で作れる人は村にいますか?」
ペルさんは力なく首をふった。
「若い女のほとんどが徴兵や労役で村を離れています。残っているのは男や子どもや老人ばかりです。お隣のリラさんも昔は氷冷魔法が使えたんですけど、寄る年波には勝てず今は何かをちょっと冷やすぐらいしか……」
魔法って、歳をとると使えなくなるものなんだ!?
魔力がなくなっちゃうのかな?
「村長なら作れると思いますが、あそこの家も夫と子どもがエシカに罹っていますから……」
こちらに氷をまわす余裕はないか。
それにしても困ったな。
セシリーは爆炎魔法は得意だけど氷冷は苦手、ミーナも同じようなものだもんな。
こんな時にシエラがいれば……。
いやいや、少し気持ちが沈むと、すぐにシエラのことを考えてしまうのは悪い癖だ。
今は自分で何とかしなきゃ。
でも薬を作製しているから、同時進行で氷を作り出すこともできない。
「時間をかければ、小さな氷くらいなら作れますけど……」
ルージュも30分くらいかければテニスボール大の氷を作れるそうだけど、それっぽっちの氷では焼け石に水だと思う。
どっかに氷はないかな、と考えて思い出した。
モンテ・クリス島の貯蔵庫だ。
「囚われの天使」で行けばあっという間だ。
それに、逃げ出すときのごたごたで荷物はほとんど持ち出せなかったけど、しまってある酒や食料も持ってきたい。
久しぶりにショルダーベーコンとかチーズとかを食べたいもん。
「ルージュ、ちょっと島へ氷を取りに行くからついてきてよ」
貯蔵庫には冷蔵庫の魔道具が置いてあるんだけど、俺一人では引きずることしかできない。
「島って、モンテ・クリスですか? 誰かに鉢合わせしませんか?」
「行きたいのは貯蔵庫だから大丈夫さ。万が一見つかっても、すぐに戻ってくればいいんじゃない?」
「それもそうですね。じゃあ、ちゃっちゃと行きますか」
出かけてくることを話したらカインさんとペルさんはとても不安そうな顔をした。
このままアンを見捨ててどこかへ行ってしまうと心配したらしい。
「大丈夫ですよ。この子の頭を冷やす氷を取ってくるだけですから」
優しい声で安心させてあげて「囚われの天使」で久しぶりに島へと戻った。
俺たちは真っ暗な場所へと瞬間移動した。
移動の際はルージュと手を繋いでいたんだけど、暗闇のどさくさに紛れてルージュが抱きついてきた。
「何やってるの?」
「シローさんが怖がるといけないと思いまして」
俺はヘタレだけどそこまで怖がりじゃないぞ。
暴力や悪意は苦手だけど、暗闇は平気なのだ。
まあ、二の腕にあたる感触が気持ちいいから文句はいうまい。
ムニュムニュ。
あ、ルージュがいけないところに手を伸ばしてきた。
「ちょっと……」
「男将さんだってその気になっているじゃないですか」
調子に乗っているなあ……。
否定派できないけどね。
だけど、あそこでは小さな女の子が俺たちの帰りを待っているのだ。
こんなところで楽しんでいる余裕はない。
「カンテラをつけてよ。早く戻らないと」
「はーい」
ルージュも状況は覚えていたらしく、すぐに体を離した。
起動された魔導カンテラから白色の光が溢れ、周囲を明るく照らし出した。
きちんと地下貯蔵庫に移動できたようだ。
「ここが荒らされた様子はないね」
「入り口には鍵をつけていましたから。それに島でシローさんの宿にちょっかいなんて出したら痛い目をみますよ。シローさんのファンは多いんですから」
冷蔵庫は貯蔵室の一番奥にあった。
高さが200センチ、幅も110センチある大きなものだ。
冷凍室を調べてみると氷もたくさん入っていた。
「これ、一人で運べる?」
「短時間なら余裕ですよ。私の身体強化を舐めないでください。舐めるなら気持ちいいところをお願いします」
ルージュはセクハラ発言ばっかりだ。
「はいはい、他に忘れ物はないかな?」
お酒とか包帯になりそうな木綿生地なんかも両手に抱えた。
大量の荷物を抱えて、俺とルージュはアンの家に戻ってきた。
突然いなくなった俺たちが、また突然現れたのでカインさんもペルさんも相当驚いたようだ。
だけど、俺だって同じくらい驚いてしまった。
だって、狭い室内に人がぎっしりいたんだもん。
「おお! 聖者様が戻られたぞ!」
聖者様?
みんなが一斉に俺たちの前に跪いた。
「聖者様、どうかこの村をお救いください」
「私の夫にもお薬を!」
「うちの子どもをお助けください!」
「妻が死にかけております……ううっ……」
聖者って……、俺は異世界から来たスケベな男の子で、貞操逆転世界でちょっと調子に乗っているだけの一般人だぞ。
だけど、助けてあげられるのなら助けてあげたいと思う。
「病人は全部で何人くらいいるのですか?」
俺の質問に、村人は互いに顔を見合わせて首をひねるばかりだ。
情報収集から始めなければならないのね。
解熱剤が足りるかな?
あと、氷も。
「ルージュ、紙とペンは?」
「持っていますよ」
ダンジョンでマッピングをしなければならない冒険者にとって、紙とペンは必需品だ。
ルージュはいつでも携帯している。
「病人の状態を把握したいから村をまわるよ。ルージュもついてきてくれる?」
「もちろんですとも、聖者様」
ルージュがニヤリと笑顔で答えた。
一見地味目のソバカス少女のくせに、瞳の奥が小悪魔だ。
誰が聖者様だよ!?
貯蔵庫では聖者様に破廉恥なセクハラをかましたくせに。
あっ、でも、俺も地球にいたときは、僧侶系や聖女系のエロ同人誌が大好きだったもんな。
優しくてエロいは、至高にして尊し。
そういうことか、納得。
だったら期待に応えて頑張ってみようかな。
みんなのために、エロくて素敵な聖女様……じゃない、聖者様になってやるぜ!
って、そんなキャラを演じようとしている自分が怖い……。
状況に流されやすい性格なのかな?
まあ、いいや!
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