第40話 強引と誠実の間で
俺にとってはのんびりとした一週間だったけど、調査隊にとってはそれなりに大変な七日間だったようだ。
イワオたちの前衛がなくなったために、兵士たちにも負傷者が出たと聞いている。
死者こそいなかったけど治癒士の仕事が一気に増えたとシェリルさんが愚痴っていた。
それでも大抵の傷は魔法で治せるのだからすごい世界だと思う。
治癒士たちのMP切れなど、どうしようもない時は俺の薬を使ってもらおうと思っていたけど、今のところ出番はない。
調査隊がダンジョンを探索している間、俺はと言えば日がな海で釣り糸を垂れる毎日だった。
怪我人の報を聞くたびに心が痛んだり、罪の意識に苛まれたりもしたけど、やっぱりこれが俺のあるべき姿だとも思う。
自分に戦闘は向いていないのだ。
新しいワンダーも完成したのだが、いきなりゴーレムが増えてグラム様たちはびっくりしていた。
朝起きたらそこにいたと、とぼけておいたけどね。
「どこからやってきたのだろう?」
「山の方から来たのかもしれませんね」
こんな会話で何とかなった。
そういえばモンテ・クリス島には山がある。
登山道などはないからまだ登ったことはないけど、いつかは調査したいものだ。
今後も身の安全や生活環境向上のためにもゴーレムは量産する予定だ。
ワンダーシリーズも5号まで作ったおかげで、予定通りゴーレム作製レベルも上がり新型を作れるようになった。
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作製品目:ウッドゴーレム マーメイド型
カテゴリ:ゴーレム作製(Lv.6)
消費:MP 378
説明:水中専用のゴーレム。最高速度64km/hで泳ぐことができ、漁の手伝いもする。
作製時間:49時間
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マーメイド型……。
マーメイド型ねぇ……。
確かに下半身は魚で上半身は人間だ。
でもさ、マーメイドって可愛い女の子を連想すると思うんだよね。
ところがですよ、こいつはなんというか……カッパ?
モンスターのマーマンとかに近い気がする。
目と口はまんまるで愛嬌のある顔と言えなくもないんだけどね。
出現場所の指定を岩屋の中にしたら、いきなり床で寝転んでいた。
脚がないんだから仕方がないか。
地上ではまともに動くことも出来ないようだ。
イワオとシルバーを使って海まで運んでやらないといけなかった。
名前はシーマとつけて、岩場の近くに住処を作ってやった。
「シーマ、お前にはこれを授けるからな」
海中で使う
この銛は自分で素潜りの時に使おうと思って作ったのだけど、事情があって使えなくなってしまったのだ。
ほら、素潜りの時は服を脱ぐだろう。
全裸で海に潜っていたら兵士たちに見つかって大変な騒ぎになってしまったのだ。
夕飯のおかずを獲ろうと思ったら、自分がみんなのおかずになっていたというオチだ。
観られるのは嫌いじゃないからいいんだけど、グラム様に軽く叱られてしまった……。
可能なら海の幸を獲ってくるように命令したんだけど、シーマはその日のうちに大きなロブスターを5匹も取ってきてくれたので、俺の中での評価は急上昇中だ。
別に可愛いマーメイドじゃなくてもオッケーだぞ!
今夜のメインディッシュはシーマの獲ってくれたロブスターでグラタンを作ることにした。
さすがにデュラムセモリナ粉はないけど普通の小麦粉でもパスタは美味しく作れると思う。
グラム様にいただいたチーズも使ってしまおう。
それから俺が釣った魚をカルパッチョにしようと思うけど、みんな生魚は食べられるだろうか?
日本のカルパッチョは生魚を使った物が多いけど、本来は生の牛肉で作る料理だもんな。
苦手な人がいるようならさっと湯通しして使えばいいかと考えた。
調理場に戻ってロブスターを捌いた。
ハサミが怖いので気を付けて調理していく。
胴体部分の身を取り出したところでちょっとだけ味見をした。
刺身にして醤油につけて食べたのだ。
うん、伊勢海老によく似た味でとても美味しい。
つまみ食いサイコー!
貯蔵庫から辛口の白ワインを持って来させて一杯だけ飲んだ。
飲みすぎには気を付けたぞ。
もう醜態は晒したくないからね。
ロブスターの殻も捨てるなんてことはしないで、鍋に入れて出汁を取っておく。
この出汁もグラタンに使うのだ。
ああ、クリームコロッケにしても美味しそうだよね。
でもクリームコロッケを美味しく作るには冷凍庫が必要なんだよな。
美味しい素材があると作りたい料理がいっぱい出てきてしまって困るよ。
ロブスターの身を玉ねぎと一緒にバターで炒め始めると、森中にいい匂いが広がっていった。
「ただいま。すごくいい匂いがしているな」
グラム様がニコニコしながら帰ってきた。
「おかえりなさい。今夜はロブスターのグラタンですよ」
「うん、グラタンは大好きだ」
夫婦みたいな会話だよね。
グラム様は調理場へ来ると、いつも珍しそうに周囲を見回す。
貴族階級のグラム様が調理場に入ることなど普段はないことなのだろう。
「ゴクウたちは何を作っているの?」
「グラタンに入れるパスタを作っています。……さあ、グラタンのタネができましたよ」
フライパンの中でホワイトソースが絡んだロブスターが美味しそうに湯気を立てていた。
これを耐熱皿に移してチーズをふり、オーブンで焼いて仕上げるのだが、この段階で食べても美味しい。
「少し味見してみますか?」
小さなスプーンにロブスターを乗せてグラム様の方へと差し出す。
グラム様はとっさに左右を見回した。
大丈夫、誰もいませんよ。
「あーん」
塩飴の時は拒否されたけど今度は食べてくれたぞ。
「いかがですか?」
「うん……美味しい……」
どれどれ、俺も少し味見を……。
オッケー! 塩加減も丁度いいな。
「お飲み物は白ワインですか?」
「うん。それが合いそうだ。あっ、だけど男将は飲んだらダメだぞ」
「わかっていますよ。この前はすみませんでした」
はっきりとは言わなかったけど、再度キス事件のことを詫びておいた。
「あ、あれは、事故だ。私はもう気にしていない。男将も気にしないように」
グラム様は真っ赤になりながらそう言ってくれた。
こうしてみると、以前よりもずっと俺に話しかけてくれるようになったな。
前は、本当に口数が少なかったもん。
「どうした? 何がおかしい?」
「いえ、グラム様が話しかけてくれるようになって嬉しいんですよ。この島へいらしたときは喋るのはもっぱらレインさんだけでしたから」
「そ、そうか?」
「ええ。だから、嬉しいんです」
「私は……男の人としゃべるのが苦手なのだ。常々克服したいとは思っているのだが……」
初対面の時からそれは察していた。
ちょっとコミュ障気味だったもんね。
「でしたら私でだいぶ男に慣れてきたのではないのですか?」
「う、うん。男将となら喋れる。い、いや、男将となら話していて楽しい!」
そう言ってもらえると悪い気はしないよね。
いや、本当のことを言えば「嬉しい!!」って大音量で叫びたい気分だ。
「男将は料理が上手だな。やっぱり父上に習ったのか?」
「私の実家はレストランをしておりましてね、料理は両親に教えてもらいました」
これは事実だ。
「なるほど。それで手馴れているのか」
「道具が整えばもっといろいろな料理をお出ししますからね。楽しみにしていてください」
「うん……」
「さあ、お風呂の用意ができていますから入ってくださいね。なんでしたらお背中を流しましょうか?」
ついバカなことを言ってしまった。
グラム様は俺を真っ直ぐに見つめて真剣な表情で首を振る。
「そんなことを言ってはいけない。君はそういう商売をしているわけではないのだろう?」
グラム様はどこまでも誠実な人だった。
そして俺はついクリス様と比べてしまう。
あの人なら平気で俺に全身を洗わせただろうな。
二人でキャッキャ言いながらお風呂場で洗いっこを楽しんだはずだ。
多分、全身に泡を塗りたくってお互いの体を絡ませるなんてことも喜んでやったと思う。
グラム様の人を思いやる気持ちも心地よかったし、クリス様の強引さは身を任せるのに楽だった。
でも、恋は誠実さだけでするものじゃない。
結婚と違って恋は契約に基づかないし、未来を保証するものでもないしね。
地球にいた時、ちょっと強引な男の方がモテていたけど、そういうことなのだろう。
いまさらクリス様に操を立てているわけじゃないし、あの人と一生添い遂げようなんて思わなかったけど、二人でいる時間はいつもドキドキしていて楽しかった。
それだけ俺が受動的だったってことかもしれないな。
積極的な恋か……。
セシリーやリーアンの顔が脳裏に浮かんだ。
セシリーは今頃復讐の旅、リーアンはチャラチャラと都で男の尻でも追いかけているのかな?
たとえグラム様と結ばれるとしても、身分的には側室か妾にならなければならない。
もしも深く愛し合えたとしても、それはグラム様の正室となる人にとっては不幸なことだ。
誰と結ばれても幸せな未来像は見えてこないな……。
だったら無理に動く必要はないと俺は結論付ける。
ここでのんびりとスローライフを楽しみながら、ダンジョン攻略に来る女たちを助けるなんて生活も悪くない。
そんなことを考えた。
当面は愛や恋よりも宿屋の拡充に本腰を入れるとしよう。
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