第83話 シローのレベルが下がるとき
魔力をなるべく温存したかったのでエマンスロックは装着しないまま、シルバーに乗ってダンジョン入口へ駆けつけた。
ダンジョン前ではマスター・エルザが陣頭指揮を執り、入り口を包囲する形で陣が組まれようとしていた。
どうやらここで待ち構えてことにあたることにしたようだ。
ポッポーに空からルージュを探し出してもらい、俺は走り寄った。
「ルージュ! セシリーは? セシリーは戻ってきたの?」
「シローさん! 逃げたんじゃなかったんですか?」
「そんなことよりセシリーは?」
ルージュは力なく首を振った。
「そうか……」
もう遅いかもしれない。
だけど、あのセシリーが簡単にやられるとは信じられなかった。
やっぱり突入するしかないか。
「ミーナ、本当にいいんだね」
「わ、わかっているっす。女に二言はないっすよ。その代わり生きて戻れたら私の処女を捨てさせてもらうっすからね!」
俺一人では迷宮の内部構造はわからない。
絶望的な状況なのにミーナは道案内をしてくれると言ってくれたのだ。
もちろんエマンスロックのことは話したし、実際に装備もして見せた。
「な、なにを言っているの?」
「ルージュ、俺たちはこれからセシリーを助けに行ってくる」
「そんな無茶な!」
おしっこちびっているけど仕方がないじゃないか。
怖いけど、やれそうな気がするんだもん。
「ワンダー、ハリー、突入を開始するぞ!」
あっけにとられる群衆を尻目に、ダンジョン入口までシルバーで乗り付けて中に入った。
「男将! 何をするつもりだ? 今からダンジョンの入り口は封鎖するんだ――」
後ろの方でマスター・エルザが叫んでいたけど知らんプイプイで押し通す。
魔法でダンジョンの入り口を壊してしまうつもりなのだろう。
そんなことになったらたとえセシリーが生きていたとしても脱出できなくなってしまうじゃないか。
やっぱり俺が行くしかない。
「ΓΦΛΔΔΛΦΓ」
人目につかないところまで来るとすぐにエマンスロックを装着する。
「走るよ!」
ゴーレムの群れを前後に従えて俺はダンジョンを走り出した。
収束魔導ビームがモンスターの群れに一筋の穴を穿っていく。
狭い通路だから避けようもなく光の帯に貫かれ、次々と敵は絶命していった。
「右っす! 次の分岐は右!」
すぐ後ろでミーナの声が響いている。
ダンジョンに入るのはグラム様の手伝いをして以来のことだ。
ミーナと言うナビゲーターがいなかったらとっくに道に迷っていただろう。
さっきから間断的に狭い通路では収束ビーム、広い場所では拡散ビームを撃っている。
いってみれば超イージーモードのシューティングゲームをやっている感覚だけど、敵が弾幕を乗り越えてきたらゲームオーバーは必至だ。
残機は一つだけなのだから。
いくらエマンスロックの能力が優秀でも身につけている人間は武道の心得すらないど素人だった。
ダンジョンに突入してから15分が経過していた。
アドレナリンの作用によるものか恐怖心は麻痺しつつある。
ただ、心の中に冷たいものが流れ込んでくるような気分だ。
これほどまでのモンスターが溢れだしてくるということは、セシリーはすでに……。
「うわあああああ!」
「死」という断定的な言葉を打ち消したくて、俺は意味をなさない叫びを上げながら魔導ビームを撃ち続けた。
「もう少しっす。この先に第三層へ至る扉があるっす」
「……」
ミーナが扉を指さしていたようだが俺はそちらを見ていなかった。
魔装甲エマンスロックを装備していれば暗いダンジョン内であっても、景色はいつもよりもよく見える。
たとえそれが見たくないものであってもだ。
そんな俺の視界に岩の窪地に横たわるセシリーの姿が入っていた。
「セシリー……」
うつぶせに倒れているセシリーはピクリとも動かない。
そうしている間にもダンジョンの奥から次々とモンスターが溢れだしてきていた。
「邪魔をするなぁ‼‼」
収束魔導ビームの連射で通路の敵を一掃して、セシリーに走り寄った。
「セシリーさん……」
治療をしようと鞄を開けていたミーナの手が止まる。
セシリーの左手と右の太ももから下がなかった。
「セシリーさん、もう……死んで――」
「まだだ!」
####
修理対象:人間(セシリー・ノンバルト 26歳)
消費MP:3234
修理時間:216時間38分
####
セシリーの命の炎はギリギリで燃え尽きていなかった。
鍛え上げた身体強化魔法が終焉の間際で命をつなぎとめていた。
セシリーを助けるためには、まずMPを回復させなきゃいけない。
「ワンダー、ハリー、俺を死守しろ!」
エマンスロックを解除してMP回復ポーションをがぶ飲みした。
こいつは1mlで1MPしか回復しないから満タンにするには3ℓは飲まなきゃならない。
鼻から回復ポーションが溢れちゃったけど、強引に飲み干してセシリーに「修理」をかける。
光の粒になって消えるセシリーを見て、安心したのか腰が抜けた。
「セシリーさんが……消えた?」
「もう大丈夫。セシリーは助かるよ」
「まさか、男将さんが?」
「俺の奥の手。生物を対象にするとレベルが5も下がるから使うのは初めてなんだ」
「え? レベル?」
下がるのは「修理」のレベルじゃなくて、創造魔法および各カテゴリのすべてが下がる。
それが嫌で今まで実験さえしていなかったんだけど、今はそんなことを言っている場合じゃなかったからね。
「よし、これで目的は果たしたけど……」
胃袋がタポタポして拒否反応を起こしそうだったけどさらにMPポーションを詰め込んだ。
レベルが5も下がったせいで今の俺の全MPは1982だ。
エマンスロックを装着したとして33分しかもたない。
「どうするっすか? さっき後方で爆音が聞こえたっす。おそらく入り口は塞がれているっすよ」
マスター・エルザとしては非情の決断をしなければならなかったのだろう。
ダンジョンの入り口を開放していればモンスターは容易く外に出てきてしまう。
「とにかくこの状態を何とかしないと」
新たなモンスターは目視できないけど、軍勢の迫る地響きは奥の方から続いてきている。
「とにかく千人オーガの本体を破壊するっす! そうしないとモンスターは際限なく増え続けるっす」
「そう言われても、どれが本体だか……」
「本体は赤銅色の肌をしていて、眉間に第三の眼を持つと言われているっす!」
三つ目の赤鬼を倒せばいいわけだな。
それならわかりやすそうだ。
「問題は第六層へ至る扉の位置だ」
さすがのミーナもそれは知らない。
というよりも島にいる冒険者たちでこの扉の位置を知る者はいないのだ。
おそらく最初に発見した奴がフロアボスを倒そうとして失敗したのだろう。
「五層までは自分が案内できるっす。その後はオーガ系の敵がやってくる方向に進むっす! あいつらは本体から分裂してきている筈っすから!」
「了解! ΔΛΦΓΓΦΛΔ」
再度エマンスロックを装着して、俺たちは暗いダンジョンの回廊を走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます