第96話 山賊に遭遇
帝都への旅は続いた。
聖者の噂はすっかり広まっていて、行く先々の集落で俺たちは大歓迎だった。
特に急いではいなかったので、少々遠回りになろうが、道が困難だろうが、請われるままにどこへでも足を運んだ。
大急ぎでラメセーヌの杖を返さなくてもいいやと思ったし、チヤホヤされるのも楽しかったのだ。
山ほど医薬品を作成しているために創造魔法のレベルも上がっている。
創り出せるライフポーションの品質も格段に上がっていて、治療の幅も大きく広がった。
創造魔法 Lv.48 (全カテゴリの製作時間が52%減少 クオリティアップ)
MP 7291/7291 (MP回復スピードアップ 86MP/分)
なんといっても作製スピードが大幅に上がっていることと、魔力回復が早くなったことで作業が捗ってしょうがない。
さらに、レベル45でマルチタスクを覚えたので、同時に二つのものも作れるようになった。
おやつのクレープを作りながら、感染防止の抗生物質を作るなんてのもお手の物だ。
でも、旅は楽しいことだけじゃなくて、時には魔物や山賊に襲われる災難もあった。
そのたびにセシリーたちが全部撃退してくれたけど、相変わらず俺は戦闘は苦手だ。
いざとなったらエマンスロックを装着して戦う覚悟はあったけど、みんなのおかげでまだ出番はない。
セシリーたちにしてみれば男を戦わせるなんてとんでもないという意識があるようだ。
いつもセシリーが中心になって敵を蹴散らしてくれる。
改めてセシリーの強さに感心してしまったよ。
ただね、相手が悪人でも人が死ぬのを見るのは辛かった。
敵も本気だから手加減ができるような状態じゃないことはわかっている。
だけどやっぱり、戦いは苦手だ。
聖者の一行は謝礼を取っていないことで有名だから、俺たちを狙う目的は金じゃない。
奴らの目的は俺の体だ。
いつの頃からか聖者に対する無責任な噂が広まっていた。
例えば俺とセックスすると病気にならない、運勢が上がる、なんてのはまだ序の口で、他では味わえない快楽を得られ天国の扉が開くとか、聖者を夫とするものは天下を取るなんていう、超絶無責任な噂が出回っているのだ。
ホントに迷惑だよ……。
言っとくけど、そんなアゲチンじゃないぞ!
言い寄ってくるのが、性格もよくて、美人で、スタイルも抜群な人ばっかりならそんな噂が流れてもいいかなって思えるけど、世の中はそんなに都合よくできていない。
大抵は俺をレイプしようとした兵隊や海賊たちのような人ばかりが襲撃をかけてきている。
もううんざりだから、そろそろ聖者も廃業して新しいコスチュームでも作ろうか、そんなことを考え始めた矢先のことだった。
「どう! どう!」
ルージュの声がしたと思ったら、馬車が停止してしまった。
もう、休憩の時間かな?
荷台から御者台の方へ上がっていくと、道が大木で塞がっているのが見えた。
これでは馬車は通れない。
「シローさん、中に入っていて」
いつになく厳しい声でルージュに注意された。
俺も旅に慣れてきてだいたい様子はわかっている。
道を塞いでいる木は人の手によって切り倒されたものだった。
こういう場合は大抵山賊が出てくるのだ。
セシリーの手は腰の剣にかかっていたし、ミーナも必中の矢を背中の矢筒から取り出していた。
荷台に入ってラメセーヌの杖を握っていると、予想通り山賊の声が聞こえてきた。
「無駄な抵抗はするな! お前たちは囲まれている。全ての荷物を置いていくなら、着るものと多少の食い物は持たせて解放してやろう」
これは、山賊にしては親切な部類の集団だ。
大抵は問答無用で矢を射かけてくる。
「お前たちこそ手を引いた方が身のためだぞ。この馬車は聖者の乗られる……」
「パーカー大尉?」
「えっ……」
「やっぱりパーカー大尉じゃないですか! エミーです、わかりませんか? エミー・クロードですよ!」
「エミー! こじらせエミーじゃないかっ!」
どうやらセシリーが知り合いに出くわしたようだ。
荷馬車の陰から様子を窺うと、エミーという人だけじゃなくて、他にもいっぱいセシリーの知り合いがいるようだった。
「こんなところでパーカー大尉に会えるなんて思えませんでしたよ。実はエルモ伯爵も一緒なのです」
「伯爵が!?」
「それだけではありません。我々はエバンゼリン姫とご一緒なのです」
「まさか! 生きておられたのか……」
セシリーの瞳に涙が光っている。
きっと大切な人なのだろう。
「さっそく案内しますよ。姫も伯爵も大尉に会えば喜ばれるはずです」
「わかった。あっ……」
セシリーは困ったような顔で馬車の方を見て、俺と目が合う。
「俺のことは気にしないで。セシリーにとって大切な人なんだろう?」
「すまん、シロー」
山賊の集団はセシリーの故国、ルウェイ王国の残党だった。
先ほどのエミーという人はルウェイ海軍でセシリーの部下をやっていたそうだ。
話に出てきたエルモ伯爵はかつての上官、エバンゼリン姫はルウェイ王国の第一王女なのだそうだ。
「まさか王家の方が生き残られているとは思わなかったよ。全員が帝国に処刑されたと思っていたからね」
セシリーは安堵した笑みを浮かべていた。
山賊たちに先導されて街道を進み、やがて倒木などで巧みに隠された横道へと入った。
ちょっと見には道があるなんてわからないように、上手に偽装されている。
だけど松の林を抜けてしばらく進むと、かなりしっかりとした小道が現れた。
これだけの道を作るのは大変なことだろう。
イワオを使って道路整備をやってきたからよくわかる。
ルウェイ王国の残党はそれなりの規模なのだろうと推測できた。
「それにしても、今噂の聖者様に会えるとは思わなかったな。しかもパーカー大尉がその護衛をしているなんて思ってもみませんでしたよ。噂通り綺麗な人だな」
俺がイケメンというよりも、コスチュームや肌の綺麗さでごまかされているんだろう。
どうせ78点の顔ですよ。
「噂ってどんなのですか? 非常に迷惑しているんですけど」
「それは、まあ。いろいろと……」
エミーさんはちらちらと横目で俺を見ている。
「シローに手を出したらただじゃおかないからな」
セシリーに釘を刺されてエミーさんは首をすくめていた。
普通っぽい人だけど、俺を見る目つきがやっぱりエッチなんだよね。
この世界に来て長くなるからそういう視線にも慣れてきたけど、みんな露骨すぎないかい?
でも、もしかしたら俺も、元の世界ではこんな目つきで女の子を見ていたのかもしれない。
「男のチラ見、女のガン見」なんて言葉もあったもんな。
少しだけ反省した。
「そろそろ森が切れます。我々の隠れ家まではもう少しです」
松林を抜け切ると広い丘陵地帯が現れた。
丘の上には古く、崩れかけた砦のようなものが建っている。
あれが残党たちの隠れ家になっているのだな。
セシリーは伯爵さんやらお姫様やらとの再会を喜び合っていた。
俺も紹介されたけど、どちらも感じのいい人だった。
特にお姫様はちょっと気が強そうな美少女で、クリス様に似ていなくもなかった。
まだ16歳だそうだけど自分の立場をよく理解していて、この集団の先行きを一生懸命考えているといった印象を受けた。
積もる話もあるだろうと、俺とミーナとルージュは馬車の中で待機している。
砦の中に部屋を用意してくれると言われたけど、正直に言って馬車の中の方が快適そうだったのだ。
「どうするんでしょうね、姐さん。あの人の性格だからお姫様に忠義立てして……」
ルージュに言われるまでもなく、俺もそう思っている。
「たぶんね。生真面目だもんセシリーは。そこがいいとこなんだけどね……」
「ええっ? セシリーさんは離脱ッスか?」
「たぶんね」
悲しいけれど、それは受け入れなくてはならない現実だ。
「その場合、ルージュとミーナはどうする?」
「自分は男将さんに付いていくッス」
「ルージュは?」
珍しく目を閉じて大人しくしているルージュが真剣な顔でこちらを見つめた。
「自分は、姐さんについていきますよ」
ちょっと意外だったけど、二人は気の合う相棒なのだ。
「そっか」
「シローさんこそどうするんですか?」
「そうだなぁ……」
セシリーと別れるのは残念だけどお国の再興につき合う気はない。
「もうちょっと詳しい話を聞いてから決めるよ」
しつらえたソファーにもたれて、ぼんやりと馬車の天井を見上げた。
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