第28話 帝国兵がやってきた
馬車に飛び乗り三日月海岸へと急いだ。
砂浜に降り立ち遥か彼方を見遣れば、思った通り水平線の上に小さな船影が見えている。
ついに帝国の調査隊が到着したみたいだ。
この分なら2時間もかからずに到着することだろう。
俺は大急ぎで岩屋に戻りイワオたちにお風呂の用意を言いつけた。
第一印象って大切だもんね。
どうせなら清潔な男という印象を与えたい。
よく泡立てたシャンプーで髪を洗っているといつものようにスライムが寄ってきた。
なんか、スライムまでもが浮かれていて、いつもよりプルプルしているように見える。
「今日は念入りに洗うからお前もたっぷり俺の垢を食べるんだぞ」
プルプルプルプル。
栄養状態がいいのかスライムは先日分裂して、風呂場のスライムも四匹に増えている。
しかも俺にはすっかり慣れていて消化液をかけてくるなんてこともしない。
蚊やハエなどの害虫も捕食してくれるので、俺にとっては可愛いペットになっているのだ。
さらに、詳細な観察によりスライムには光を好む性質と嫌う性質の二種類がいることがわかった。
光を好む方はお風呂場に住み着き、嫌う方はトイレの貯蔵タンクに住み着いて浄化槽の役割を果たしてくれている。
先日女性トイレの貯蔵槽をチラッと覗いたが、リーアンがいたしたものは綺麗になくなっていた。
きっとスライムが片付けてくれたのだろう。
まことにもって益魔だった。
大事なところも念入りに洗い、櫛で髪をとかし、道具作製で作っておいたソリッドパヒューム(練り香水)を体に塗った。
柑橘系のいい匂いがするんだけど、これは本当にうっすらと香るだけなので気に入っているのだ。
髭もキレイに剃り、洗濯したての服に着替える。
下着はリーアンが置いていった例のパンツを穿こうかと迷ったけど、これはやめにした。
あんなものを穿いていたら落ち着かなくなっちゃうよ。
鏡で全身をチェックしたけど、まあ、こんなもんだろう。
この世界にきてからはなぜかモテているけど、地球ではいわゆるフツメンだった。
もっとも、最初に遭遇した女兵士にも78点の顔とか言われてたもんな。
この世界でだって俺はイケメンとはいえないようだ。
だけど、こちらの女にとって俺には妙な色気があるらしい。
どのあたりがそうなのかが謎だけどね。
いくら鏡をのぞいたところで、これ以上の向上は見込めまい。
身だしなみを整えた俺は再び馬車にのって海岸を目指した。
沖合に停泊した帆船から次々とボートが下ろされ、海岸に向かってやってきている。
イワオに命じて桟橋を作らせておいたけど、あれではボートを泊めるスペースがとても足りないだろう。
船に乗っているのは間違いなく帝国の兵士たちだ。
あの制服には見覚えがある。
襲われかけた時に嗅いだ匂いが頭に甦ってきて軽い吐き気を催した。
手首につけたソリッドパヒュームの香りで気分を誤魔化すことができたけど、これがなかったら本当に吐いていたかもしれない。
自分が自覚している以上にあの事件はトラウマになっていたんだな。
少し大きめのボートが真っ直ぐに桟橋へ向かってきていた。
他の兵隊たちよりも豪華な制服を着ているところを見るとこのボートに乗っているのは士官たちなのだろう。
ひょっとして隊長のロッテ・グラムさんも乗っているのかもしれない。
そう考えて桟橋まで出迎えに行った。
「モンテ・クリス島へようこそおいでくださいました。住民のシロー・サナダです」
簡素ながら仕立てのよさそうな服を着た背の高い女性が桟橋へ降り立った。
年齢は30半ばくらいで、いかにもデキル感じの人だ。
いわゆるクールビューティー系ですな。
ひょっとしてこの人がロッテ・グラム様だろうか?
リーアンは20代前半と言っていたはずだけど。
「出迎えご苦労。私は副官のダイアン・レインだ。そして、こちらが調査隊の隊長であるロッテ・グラム様である。失礼のないようにな」
背の高いレイン様の後ろから現れたのは、ぽっちゃりとした女の子だった。
身長は150センチくらいだろうか。
太っているとまではいかないけどだいぶ肉付きがいい。
顔も丸いけど鼻筋は通っていて可愛らしく、痩せれば美人で通りそうな感じだった。
でも、なんか自信のなさげな表情をしている隊長さんだな。
「グラム様、シロー・サナダです。よろしくお願いします」
「うん……」
グラム様はわずかに頷いただけで視線を逸らしてしまった。
平民に対する尊大な態度とかじゃなくて、単に人見知りみたいな感じだぞ。
ひょっとして男が苦手なのかな?
ていうかコミュ障ぽいんだけど……。
もっともストライクゾーンが広い俺にとって、ロッテ様は充分アリだと思う。
ぷにぷにした感じの体つきが魅力的でもあった。
「アリッサ・ミラノ殿からの報告は受けているよ。兵士たちにはさっそく野営陣地を作らせるが、グラム様はお疲れだ。しばらく君の宿屋で休ませてくれたまえ」
無口な上官に代わってレインさんがどんどん指示をだしていた。
「それではこちらへどうぞ。宿に向かう道すがらに宿営地も作りましたのでご案内しましょう」
宿営場所は森の中にすでに作ってあった。
イワオを使って木を伐採し、川の近くに炊事場やトイレなども用意してある。
一見するとちょっとしたキャンプ場のような感じになっているのだ。
グラム様と側近たちにはシルバーの引く馬車に乗ってもらった。
宿営地を見たレインさんは実に満足そうだった。
「ゴーレムのことは報告にあったが、ここまでやってくれるとは思わなかった。我々はだいぶ楽ができそうですな」
「うん……」
明るく話すレインさんの横で、グラム様は相変わらず「うん」しか言わない。
お嬢様ぜんとした人だから、こんな無人島にやってきて不安なのかもしれないな。
岩屋の中は外よりも幾分か涼しかった。
汗を拭いてもらうために氷水で冷やしたおしぼりを出す。
「外は暑かったでしょう。これで汗を拭ってください」
おしぼりという文化はルルゴア帝国にはないようだ。
最初は訳がわからないといった顔をしていた一行だったけど、手を拭き、顔を拭きしている間におしぼりの良さがだんだんわかってきたようだ。
「これは気持ちのいいものだな」
「すっと汗が引いていくようですよ」
「うん……」
最後は全員が首筋にまでおしぼりを当てていた。
お前らは総務部長の鈴木さんかよ!
あの人はいい人だったけど、居酒屋に行くと、おしぼりで全身を拭くような人だったんだよね……。
あれだけが玉に瑕だった。
「お飲み物をお出ししますが、温かいものと冷たいもののどちらがよろしいですか?」
全員が冷たい飲み物をチョイスしたので、さっきまで俺が飲んでいたアイスカフェオレを出しておいた。
ロッテ・グラム様は体型からも推測できるとおり甘いモノがお好きなようだ。
そばにそえておいたガムシロップをたっぷり入れてアイスカフェオレを飲んでいた。
「お代わりはいかがですか?」
「うん……おいしい……」
呟くような声だったけど、おいしいという言葉が聞けて良かった。
少しだけだけど笑顔だったし。
このお嬢様の攻略法はきっと「餌付け」だな。
だけど、あんまり食べさせて太らせ過ぎたらよくないと思う。
健康を損なうほどはダメだよね。
「ところで、先程のおしぼりといい、この冷たい飲み物と言い、氷が使われているようだがどうしているのだ。魔法が使える女はこの島にはおらんのだろう?」
「この岩屋の地下に氷を貯蔵してあるのです。氷は以前にこの島を訪れた船員に作ってもらいました」
船員に作ってもらったのは嘘だけど、貯蔵庫のことは本当だ。
岩屋の横から地下に穴を掘ってイワオに地下室を作らせたのだ。
地下室の気温は15度以下なので食料の貯蔵庫として使っている。
氷は二層構造を持つ専用の樽に入れて一番奥にしまっておいた。
たまに創造魔法で氷を作ってはこの樽の中に貯蔵しているのだ。
「氷が足りないようなら言ってくれ。私がいくらでも作ってやるからな」
気のよさそうな士官がそう言ってくれた。
大柄な女性でいかにも包容力がありそうだ。
身長は俺よりも高い。
「ありがとうございます。お暇な時にお願いしてもいいですか?」
「任せてくれ」
女性士官も頼られて嬉しそうにしていた。
なかなか幸先がいいじゃないか。
島に上陸した兵士たちの中にも好みのタイプは何人もいた。
ずっと孤独な日々を過ごしてきたけど、これからは楽しくなりそうだと思った。
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