第113話 明晰夢
部屋に中央に立った凛太があれやこれやと部屋の中を見ていっていると、少し目を離した隙にベッドの上の長い髪が上に移動していた。
顔のほとんどが黒い髪に覆われたまま、あの少女は凛太のことを見ていた。睨んでいる訳でもないのに、黒目の視線が鋭い。
これから悪夢を始めようというのか……。
でも大丈夫。今回のこの夢は明晰夢だ。見る夢のコントロール権は凛太が持っているはずだった。
凛太は馬場から言われたことを思い出しながら、急いで夢を書き換える為に頭を働かせた。ここは花畑だ。小鳥のさえずりが辺りに奏でられて太陽とフローラルの香りに包まれた天国のような場所だ。病室じゃない。
凛太は胸の中で唱え続けた。あの少女に見つめられながら。見える景色をがらりと変える為に。しかし、すぐにはそれを達成することができなかった。凛太も警戒してあの少女を見つめたまま、心臓の鼓動だけが早く変化する。
次第に凛太の念はこの夢を花畑に帰ることから、あの少女を消すことに切り替わった。とにかく消えろ消えろと思い続ける。こいつさえ消してしまえば落ち着ける。
しかし、それも上手くいかなかった。煙になってふわりと消えてくれるように……水になって溶けるように消えてくれるように……頭の中では完璧にイメージ出来ているのにも関わらず、あの少女はその場へ居座り続けた。
一瞬怖くなってしまって凛太が目を逸らすと、その先には赤い花が見えた。消えろという念を続けたまま見たそこでは赤い花が瞬きの隙に消えた。
夢だと理解できている。だからはっきりと明晰夢になっているはず。そこでこれだけ頭を働かせられて、なぜあの少女は消すことができないのか。凛太の焦りはどんどん膨らんだ。
たしかに謎の雰囲気というか、勝手な感覚だがあの少女には自分の念が届いていないような感じがした。この場所で頭を働かせると軽い頭痛のようなものが頭を走って視界が揺らぐのに、あの少女だけはその悪い視界の中でもはっきりとそこにいた。
まだ続けて念を送ろうとすると、ついにあの少女はベッドから下りようとした。足を浮かせて……床に足を付ける。
それと同時に凛太はあの少女に背中を見せて部屋から出ようとする。
聞いていた話と違う。夢だと分かれば後は簡単なものじゃなかったのか。自分が念じればどんな世界だって思いのままじゃなかったのか。凛太はこの眠りの中で春山と結婚するつもりだった。
手を伸ばし掴んだドアノブを強く動かす。しかし、いつも見ている悪夢と同じようにそこは微塵も動いてくれなかった。
高収入悪夢治療バイト・未経験者歓迎 木岡(もくおか) @mokuoka
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