第99話 休憩
最後にあの少女はこちらに向かって手を伸ばしていた。黒い眼を突き刺すようにこちらに向けながら。自分の顔に付いたほこりすら見逃さないほどの視線だった。
夢の中からは無事に現実に戻れた。だけど、死んで戻って来た時よりも生きた心地がしなかった。
装置の中で目覚めた凛太は、いつも寝た時と同じように真上を向いているのに家で寝ている時と同じようなポーズを取っていた。体を縮めて、今は無いクッションを抱くように腕を畳んで。
周りを見るとまだ誰も起きていなかった。看護婦の女は部屋の隅でクリップボードに何かを書き込んでいる。そのペンが走る音だけの静寂の中で凛太は震える体をゆっくりとほどいていった。
電球がぼやけて見える。少しだけどいつもと景色が違う。それだけで凛太は別の場所に来たような気がした。なんだか自分が病気をして医者を頼ってきたような気分だった。
熱心に書き続ける女を見ていると、隣の増川から目を覚ました。そうすると、他の3人も次々に目を覚ましていく。
「あー。なるほどね。やっぱあんまり楽しくなかったな」
「桜田さんはいつも楽しそうですね」
「ほんとですね」
「え?なになに。どういう意味ですか?」
「いや、何でもないです」
「楽しくないって言ったんだけどな」
同僚たちは装置から出ると軽い雑談を交わした。治療する悪夢がいくつもあるときはよく見る光景だ。
「皆さん起きましたかね」
その同僚たちの声をかき消すように馴染みのない看護婦の女の声が部屋に響く。
「それでは5分休憩で次の悪夢治療を行ってもらいます」
看護婦の女は言いながらストップウォッチを押したみたいだった。今どき珍しいタイプだ。ルックス的には年を食っている訳ではないのに。
バイトの同僚たちは軽く返事をして各々の短い休憩時間を過ごしだした。
凛太は自分がどうするべきかが見つけられなかった。この5分の間に答えを出さなければならい。おそらくまた悪夢治療を行えば、またあの少女が出てくる。だから、どうしようか。
増川の方をちらりと見る。増川は眼鏡を輝かせながら春山と話していた。凛太には特に絡もうとしてこないし、1歩近づけば届く距離なので遠ざかっている感じでもない。
凛太はそれを見てとりあえず部屋を出ようと思った。ここにいると誰かに話しかけられてそのまま何も言えずに次の悪夢を迎えてしまいそうだったから。
できることなら馬場に会いに行きたい。話すにしても言うなら馬場にだ。最悪、馬場にはありのまま自分が悪夢を見ていることも話して言い。大人なときは大人なのできっと分かってくれるはず。
ドアノブに手を伸ばした時、届く前にドアは勝手に開いた。求めるものが相手の方から姿を現す。
「今休憩中だよね。ちょっと誰か1人僕に付いてきてくれる。あ、じゃあ近いから草部君でいいや。付いてきて」
馬場は部屋に入らずに、忙しそうにまた廊下に踏み出す。凛太は言われるがまま、それに付いて行った。
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