第110話 3階

 帰ってきた凛太はベッドの上で小躍りした。空気をぐっと掴むような動きの幸せ手に入れたぞダンスだ。最後はクッションを抱きしめる。そして恥ずかしくなると抱きしめていたクッションを地面に投げつけて、壁へ蹴飛ばした。


 そんなことをしている凛太には付けたテレビから流れる映像は全く見えていなかった。人が急に意識を失う原因不明の事件のニュースだ。


 しばらく暴れた凛太は服を脱ぎ散らかして風呂へ向かった。その時放送されていた最寄りの水族館の映像も凛太はスルーした……。


 次の日は凛太がシフトに入る日だった。そして、馬場と話していた新しい治療法を試す日でもあった。


 水族館で買ったイルカのキーホルダーを財布の中へ入れた凛太は病院へ向かうといつもより張り切って仕事をした。まるで桜田のように嬉々として患者の悪夢の中へ入った。


 一緒に仕事をしたのは増川だった。ありきたりな幽霊が出てくる悪夢の中で、凛太はいつもと違って増川を先導するように行動した。


 引くほどテンションが高かったと思う。その理由はもちろん春山とのデートに成功したからだ。ずっと好きだった相手とのデートは凛太の性格を変えた。寝ても覚めても何かを考えようとするとまず春山の顔と名前が浮かぶ。


 頭の中がそればかりの凛太は増川の顔を見ているとうっかりこの前夢の中のトイレで見たことを口に出しそうになったりもした。「そういえばこの前トイレの個室で女の子の霊を舐めてましたよね」、そんな軽い言葉が頭に浮かんできてノータイムで喋りだしそうになった。


 さすがにそんなデリカシーのない発言は踏みとどまれたけれど、先輩に相当なウザ絡みをしてしまった。治療を終えた後に反省した凛太は、女の霊が出てくる夢だったのですぐにその場から離れた。


 増川のパーティータイムを作ってあげる為に「その辺散歩してきます」と謎の宣言をして走り去った。


 さらにもう1人いた患者の治療もこなして本日の悪夢治療を終えると、馬場が1人に付き合ってもらいたい作業があると言って上手く凛太を連れ出してくれた。


「とりあえずお疲れ様」


「お疲れ様です」


「じゃあ約束通り行ってみようか」


 案内された部屋はいつもは行くことのない3階にある部屋だった。患者を受け入れて診察したり、入院する用の病室があるはずの2階3階部分。スタッフステーションを通り過ぎて見通した3階の廊下はどうやら病室があるフロアらしかった。


 301だとか302という名前の部屋が並んでいる。最低限の明かりだけしかない夜の病院の廊下は言うまでもなく不気味だった。


「患者さんが寝てるだろうから静かにね……」


「はい……」


 突き当りの部屋まで来ると馬場はドアを開いた。特別治療室と上に書かれたドアだった。

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