第87話 夢の世界

 最初にここへ来た時も廊下が暗いと思ったが、いつからかより蛍光灯が弱まってきて道を覚えていなければ進みづらいほどになっていた。


 この廊下をバイト準備室まで歩いているといくつかのドアに出会う。その内の半分は中に入ったことがあったり、馬場が出入りしているところを見て中身を知っている。


 しかし、もう半分はまだドアが開いているのも見たことが無かった。


 そしてその中の1つのドアから今日は珍しく光が漏れていた。ドアに付いた半透明のガラスから暗い廊下に際立って差し込む光……。赤い光だった。悪夢を知らせるランプと同じ色。そこを通り過ぎるときは壁の向こうから物音もした。


 集中していた凛太はそれに目もくれず真っ直ぐに歩いた。病院の廊下にしてはダンボール等で散らかっている汚い廊下。前にバイトしていたスーパーと変わらない。今日は空気が薄く纏わりついてきて風が全くなかった。


 桜田はいつも通りにバイト準備室にいた。その顔を見るとより一層やる気が出る。


「おはようございます。ついに今日ですね」


「うん。余裕でクリアして昨日約束した通り、ラスボスに抱きつこうね」


「それは桜田さんだけでやってください」


「ええ?約束しなかったっけ?」


「もう1回夢の中での動きのサイン確認しときましょ」


 準備は万端だった。作戦も1から10まで立てている。桜田は感覚派でそういうタイプでは無かったので全てが凛太が考えたものだ。


 すぐに悪夢は始まった。しかし、心の準備ができていなくて緊張するということも無かった。やるだけのことはやったからだ。


「全部任せちゃっていいんだよね。僕になにかしてほしいことはある?」


「はい。たぶん大丈夫だと思います」


 治療室で待っていた馬場のほうが緊張していた。


「じゃあちょっと失礼して君たちが治療している間、他の患者さんの資料をまとめさせてもらうよ。これから忙しくなるかもしれないから」


 今日で終わりにする闇憑き洋館の悪夢には初めは面を食らったし、殺される経験をさせられて随分苦戦した。でも、終わってみればこの悪夢と患者には感謝しなければならないかもしれない。


 これから自分はこの世の全てを手にする。もしかしたら不測の事態でまた痛い思いをするかもしれないが、これが終われば夢の世界が待っている……。


「おやすみなさい……」


 今日の馬場の声は聞いたことが無いくらい落ち着いた声で聞こえた。


 いつもよりも深く夢に入れたのか、夢の中での目覚めがすっきりしている。空気が濃い感じがしない。


 凛太は三度目にしたリアルな山奥の洋館を前にしても全く恐怖を感じなかった。

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