第82話 超特急
「前の女の子の悪夢でも私のこと引っ張っていってくれて……その……すごく頼もしかった。ごめん……今言うことじゃないと思うんだけど……ここに来てこんな化け物たちを見たら、死に際の気持ちにでもなったのかな。言っとかなきゃって思っちゃって」
暗がりの中で布団から伸ばされる手は、顔も見えていないけど確かに春山の手だった。その手も声も震えていて、見えなくても今の春山がどんな感じなのかは分かる。
これはあれだよな。そう思ったら凛太も自分の頬の辺りが一気に熱くなるのを感じた。
何か答えてあげなきゃと頭が回り始めたが、何も思いつかない。ちょっと待てほしい。これは夢か。夢の中なのか。
「そ、そんな。全然。当たり前のことをしただけというか。れ、礼を言われるためにやったんじゃないから気にしなくていいというか……」
凛太はどもった。普通に脳の情報処理の許容範囲を超えていた。中学生の時に初めてちゃんと女子と話した時以来のどもり方だった。
「私、実はあれからずっと草部君のことが頭から離れなくて……」
「ああ……えっと。こちらこそありがとうっつーか。お、俺もあの夢のあと、励ましてくれた春山さんにもっとちゃんとお礼を言わなきゃと思っていて……」
思いついた言葉をそのまま口に出すしかなくて、あまりに現実離れした状況にこれは自分が見ている夢の中なんじゃないかという考察も高速で頭を駆け巡る。
「とにかく、春山さんはここから夢が覚めるまではここにいてくれていいから。この部屋で布団にくるまっといたらいいよ。俺まだやりたいことあるから」
「……ごめんね。また役に立てなくて」
「全然問題ない。それじゃ――」
そして、凛太はその場から逃げ出してしまった。聞くところまで聞いてしまったほうが良いのは分かっていたけど、その冷静さが足りなかった。一旦楽になりたかった。
廊下に出た凛太は走った。ただひたすらに全速力で走った。音を立てれば敵に見つかるとかもうどうだっていい。今は本当に死んだっていいほどの気持ちだから。
通り過ぎようとすると額縁から飛び出して刃物を突いてくる肖像画とか、そんな子供だましのギミックは速度で無理やり突破した。急に正面から接敵した、老婆の姿で地を這う爪の化け物は走り幅跳びで飛び越えてやった。
次々に徘徊する霊に発見されて追いかけられて、何匹もの巨大な化け物たちが後ろから迫ってきている。魑魅魍魎たちが闊歩する百鬼夜行の先頭を笑いながら走った。
止まったり行き止まりに着いたら、とんでもないことになるけど気にならない。息が切れる気がしない。凛太は恐怖の洋館を奥へと超特急で進んだ。
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