第81話 鼻の化け物

 徘徊する化け物たちの中でも最も醜い姿をしている化け物が後ろにいるはず。肥大化している体の一部は鼻。その大きさは体の半分ほどで顔など優にはみ出し、腹から生えているようにも見える。とてつもなく大きな人間の鼻に目と髪の毛、それに手足が生えているようになっている。


 ランダムに現れるその敵はどこにいてもプレイヤーのすぐ後ろに出現する。そして驚いて振り返ったプレイヤーを捕食する。鼻の穴から吸収され血が出るほど圧縮された後に飲み込まれる。


 しかし、凛太にとっては状況は悪くなかった。鼻の化け物はゲームの場合、振り返れば何の抵抗もできずに殺されるが、逆に振り返らなければ襲ってくることは無い。知っていれば、ただ180度反転できないだけでしばらくすれば自然といなくなる。


「春山さん。信じて。振り返らなければ大丈夫だから」


 神経を張り詰めながら再び歩き始める。増川が鼻で咀嚼される音はずっと後ろから聞こえてきていた。


 大丈夫だと分かっていながらも大丈夫と繰り返し心の中で唱えずにはいられなかった。少し後ろにいるはずの春山は今どんな顔をしてどんな気持ちなのだろうか。


 前だけ向いて進んでいると今度は遠くから素早い足音が聞こえてくる。ピアノの音に交じりながらも確実にこちらに向かってきているようだった。


 走るしかないので走り出す。春山はちゃんと足が動かせるだろうか。


 春山さえいなければこの化け物の接近もちょうどいいタイミングだった。だから凛太は気になる後ろへ手を差し出した。小さな手がその手を確かに掴む――。


 2つ目に確かめったことは化け物が追ってくるスピードはどのくらいか。ゲームの主人公と比較して自分はどれくらい足が速いか。それだった。


 月明かりが現実だと不自然なほどに綺麗に差し込む長い廊下を、春山の手を引きながら走った。後ろからはやっぱり足音が付いてきている。


 しかし近づいては来ていないように感じる。春山を気にしながら全速力の半分ほどの速度でもゲームの主人公と同等の速度が出ているみたいだった。


 凛太が緊張感の限界に達したときに凛太知る中で最も安全な序盤の部屋に入った。目指していた部屋ではないがそこへ逃げ込んだ。


 見栄えはとことん悪いが安全な部屋。そこには白い化け物が壁際にいっぱい並んでいる。全員直立不動で肩を密着させて、プレイヤー以外の侵入者が入ってくると化け物が化け物を排除する。


 変に動いて入ってくる化け物や白い化け物を刺激しなければ死ぬことは無いとされている部屋だった。


「春山さん。ここでじっとしてて。もう分かったと思うけどやっぱこの夢は異常だ。俺もここに来て再認識した。君を止めてあげるべきだった。この部屋はじっとしてれば安全だから……あとは俺1人で行く」


 凛太は春山を部屋の奥に座らせて、ついでに近くにあったベッドから布団を剥ぎ取って春山に被せた。


 そして、一呼吸置くともう1度廊下に出てさらに深くへ挑もうとする。その時離していた手がまた凛太の手を握る。


「あの……草部君。ありがとね。この前2人でやった悪夢の時もずっと言わなきゃと思ってたんだけど……今も私のことを守ってくれてありがとう」


 凛太はその手から抱えきれない山のような幸福が伝わってきて一瞬目眩がした。

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