第72話 何て日だ

 窓の外が暗くなって、それと同時に道行くどこかへ帰る人たちの車の音も静かになっていった。ホラーを楽しむには良い時間帯になった。部屋の中まで暗くなったわけではないけれど気分が上がってくる。


 働くお父さんも子供も皆それぞれが明日の朝まで休憩できる時間。それぞれが住居の中で思い思いの時間の使い方をしているだろうから自分も気兼ねなくゲームに没頭できるのだろうか。


 隣に住む若い会社員の男の部屋のほうからも微かに玄関のドアが開く音がした。平日はいつもこのくらいの時間に彼は帰ってくる。仕事を無事に終えて自分の家に戻り、飯を食って風呂に入って寝るのだろう。外では平和な日常が流れている。


 そして彼はいつも夜に出て行って朝に帰ってくる冴えない大学生の家に美女が来ているなんて知る由もないだろう。


「あと思ったのはこのゲームの中に入る悪夢って自分が見るとしたらかなりしんどいですね」


「まあそうだろうね。私にとっては悪夢じゃないけど。ほとんどの人にとってはそうなんだろうね」


「思ってたよりマップも広いし。安全な場所なんてほとんどない。桜田さんは悪夢の中で患者さんがどこにいそうとか見当ついてるんですか?」


「ラスボスの手前とかじゃないかな」


「それ桜田さんがそうあってほしいだけでしょ」


「ばれた。でも本当にラスボスの手前の部屋には絶対に敵が入ってこないから一番安全なんだよ」


「へー」


 春山という思い人がありながら、他の異性を部屋の中に入れてしまっていいのか。しかも同じバイトの同僚で先輩の女性を。そんな思いもさっきまであったが今は塵となって消えた。


 今夜を桜田と一緒にできるだけ楽しく過ごせればいい。あとはどうなっても。


「そういえば今日は何時までいけるんですか?」


 来た時からずっと聞いておきたかったことを話の中で勇気をだして聞く。


「私は何時まででもいけるよ」


「何時まででも?」


「うん。バイト行くつもりできたから私は最長で明日の朝までいける。草部君がいいならね」


「僕も全然予定は無いので、何時まででも行けますよ」


「じゃあもう明日の朝までやっちゃおうか。お互い時間あるならせっかくだし」


「はい。やりましょう」


「私ももっとくつろいじゃおっかな」


「どうぞどうぞ」


「靴下も脱いでいい?私家の中で靴下履いてるの苦手で」


「はい」


 凛太はゲーム内で化け物に追われながらもちらりと後ろの桜田のほうを確認した。早速靴下を脱いだ桜田の手入れされた綺麗な爪が見えて、その後座りなおした時は先程よりも足が開いていた。


 何て素晴らしい日だ。これから朝までなんてまだ何時間もある。しかもこれが仕事の為というのだからもっと素晴らしい。


 最近凛太のほうからメッセージを送って普通に話せるように仲を取り戻そうとしている春山にも全く気を使う必要はないはず。


 さらにさらに素晴らしいのはこの悪夢治療のためのホラゲー練習会は今日だけではなく、また予定が合う日に次をやることも既に決定しているのだ。その時は凛太の家ではなく桜田の家でやろうかなんて話もした。


 だから、何かを焦る必要はない。今は桜田を喜ばせるためにも純粋にホラゲーを楽しもう。2人の将来の為にも……。

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