第34話 赤い光

 余程その恐怖の対象を嫌悪しているのか女子中高生は殺すように念を押した。悪夢ファイルにも書かれていたことだけど殺すことにこだわりがあるらしい。


 相手は虫か何かだと思うけれど、真面目な顔で「殺せ」と言われると冷たい感情が湧いてくる。いざ、廃墟の中に入るというときに驚かさないでほしい……。


 初めにこの夢の中に入ってきてから、ここまで歩いてくる間に頭に引っかかることがいくつかあった。女子中高生が殺すことにやたらこだわったのもその1つ。そして、廃墟と化した家の内部に入るとそれはまた一つ増えた。


 外見はボロボロだったのに中は思っていたように汚れていない。むしろ綺麗だった。普通に生活できるほど。


 内装のデザインや間取りも普通。入ってすぐに見える範囲にあった家具も欠けたり倒れたりしていない。当たり前の形でそこにあった。


 不気味ではある。こんなあべこべな家は当然不気味だ。そもそも、家のデザイン的に遅くとも20年前くらいに建てられたものなのにどうしてこんなにもボロボロの廃墟なのか。


 気になっていることは多い。でも、それはただ気になっているだけ。必要以上に疑問に思って深く考えてはいない。気になっている度で表せば10%くらいのもの。大したことのない事柄だった。


 だって、ここは夢の中なのだから……。


 気持ちの悪い生物を殺してほしいのも、まあ彼女に気持ちになればいつも夢にでてくる気持ちの悪い生き物なんて二度と出てこれないように殺してほしいだけだろう。


 凛太はさっさと気持ち悪い生物を見つけて叩き潰してやれば終わり。だから細かいことは気にしなくていい。そんな考え方をしていた。


 ちょうどいい木の棒も手に入った。これを振り下ろせばどんな虫でもイチコロだ。春山に良いところを見せなければ。


 その春山はというと……やけに近かった。怖がって自分に抱きついてくるんじゃないかという距離で少し後ろにいた。


 まずは家の1階の廊下を歩き、それらしい生物がいないか探した。家に入ってその作業に入ってからというもの春山がぴったり凛太にくっついてきた。


 凛太はカップルでお化け屋敷に入った時と同じだと思った。きっと春山がくっついてくる理由もおそらくここが怖いからで合っている。


「ここにもいないね」


「……う……うん。そうだね」


「じゃあ次は2階に上がってみようか」


「うん。……行かないとだね」


 春山は声も震えていた。その震えは近いので素肌で感じられる。そして、そんな春山のせいで凛太もまたドキドキしてしまう。恐怖ではなく恋に。


 いかなる形であれ好きな子が体温を感じられるような距離にいるのだ。いっそこのまま本当に抱きついてきてくれないかと思う。


 なんなら自分から抱きついて安心させてあげてはダメだろうか。そんな邪な考えもちらつく。


「階段くらいから気を付けてね」


「……うん」


「これだけ暗いと懐中電灯とかあればいいのにね。つーか電気点いたりしないかな」


「……そうだね」


 怖がる春山は凛太にとってたまらなくかわいかった。かすんだ声が高くなっている感じがまた良い。春山のそんな声が耳に入ってくるだけで幸せだった。


 明かりが本当にあれば、怖がる春山の様子を照らしたい。たぶん悶えてしまう。


 固い木の棒を指の先まで密着させてしっかりと握りながら確かめるように暗い階段を上っていく。暗い階段という景色は怖い。夜にその辺の墓に行くより明かりなしの階段を上り下りするほうが怖いかもしれない。


 家の中の光は月明かりだけ……。でも凛太はあまり怖くなくなっていた。自分のすぐ近くに自分よりずっと怖がっている子がいるからだった。


「うわっ。暗い」


 途中で折れている階段を曲がった時にそこはより暗くなった。自分の手もよく見えないくらいに。一段上の階段くらいまでの距離しかよく見えない。


 こんな暗さで気持ちの悪い生物なんて探せないんじゃないかと、その暗さを見て凛太は思った。


 しかし、その考えはすぐに覆る。階段を登り切った先を見上げると光が見えた。赤い光だった。家の一室のドアの隙間から赤い光が漏れている。

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