第84話 人生の絶頂
装置の中で目覚めた凛太は笑った。目を開く前に一瞬走り抜けたような首からの痛みを確かに感じながらも……それを飲み込んで笑った。生と死を同時に感じながらの狂気の笑いだった。
息だけの笑いが勢い余って声になりそうな時に装置から出る。増川と馬場が少し離れていて隣の春山はまだ起きていないようだった。
「ああ草部君。起きたね。ちょうど40分くらいか」
時計を見た時に、春山も目を覚まして体を起こした。時計の針は夢に入ってから40分後を指している。図らずとも凛太が目覚めたのは予定通りだった。
「ちょっと休憩にしようか。どう?休憩したらもう1回いけそう?」
「はい。大丈夫です。すぐにでも――」
凛太は休憩の間、1人で壁にもたれて過ごしていたけれど春山が現実で話しかけてくることは無かった。夢で言ったことについてもっと詳しいことを期待していたが、春山も1人で座っていた。
きっと勢いで言ってしまったのだろうから、恥ずかしがっているのだと思って凛太も気にする素振りを見せずに心を落ち着かせることに専念した。
現実でガッツポーズをするのは家に帰ってからだ。
「増川君と春山さんももう1回行ける?」
「僕はよく分かんないうちに帰ってきたので行きますよ」
「私は……ここに残っていいですか。すみません。かなり精神に来ていて」
春山は座ったままだが頭を下げながら言った。すると増川と馬場はかわいくて若い女子の体を気遣って快くお願いを許した。
春山が目覚めるまでの過ごし方を知らない2人にとっては夢の中で一体何があったか分からないので、察したものは春山の恐怖体験だったと思う。しかし凛太は恋の悩みでそれどころじゃないのではないかと思った。
実際に安全な部屋でじっとしているだけでも精神にきつい夢ではあるけれど。
「じゃあ次の40分で今日のバイトは解散にしようかな」
そこから再び夢に入った凛太が確認できたリセットされているか否かについては、残念ながらリセットされているのが答えだった。洋館に入り最初のボスがいる鍵のかかった部屋まで行くと、また鍵はかかった状態になっていた。
ここもクリアできればかなり治療の成功率は上がるはずだったが、まあノーミスで行かなければならないのは甘んじて受け入れるしかない。
今度は増川もいたのであまり興奮せずに自然と夢から覚めるのを待った凛太が帰るまでにも春山が話しかけてくることはなかった。凛太側も話しかけようと思えば緊張してなんと言っていいのか分からないのでそれについても帰ってから考えることにした。
一時はどうなることかと思った今日のシフトを終えて帰宅した凛太は我慢に次ぐ我慢の末のガッツポーズを爆発させた。そのまま鞄を投げ捨てて風呂場に行って思いきり叫ぶ。浴槽に自分の耳までうるさいほど響かせた。
家の中に自分1人でなければ絶対にできない動きをいくつもして今日の勝利を祝う。そして、誓った。俺は全てを手に入れる……。
桜田ともっと仲良くなるのも諦めちゃいない。余りの幸せに人生の絶頂を向かえていた凛太はこの時、調子に乗っていた。
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