第85話 オーケストラ
あなたは今、幸せですか?――僕は幸せです。
凛太はホラゲーの練習をした。我を忘れて、全ての神経を注いで。
その1週間の間、凛太は頭の中で常に壮大なオーケストラがかかっていた。比喩ではなく本当に聞こえた。超一流の演奏者たちがオーチャードホールで奏でているような音色が。
この世の全てが明るく見えた。そして、全てが思い通りになるように思えた。
夜中、食料を調達にコンビニへ歩いて出かけた時に夜だからといってやたらいちゃついているカップルを見かけても勝者の余裕は崩れなかった。
「ああ、お前たちはそこなんだ。へえ……そこで満足なんだ」心の中でそんな言葉を同じ大学生くらいのカップルに渡した。勝手にはぐれ者通しで交際を始めたような、愛ではなく彼氏彼女がいる自分が好きそうだと決めつけて酒とつまみを手に取る。
桜田との2度目の部屋で2人きり練習の際も、凛太は前回より強気だった。桜田の家に招かれた今回のほうが自分の家よりもずっと緊張するはずだがしなかった。超がつく美人であるはずの桜田を所詮第二志望だという思いがそうさせていた。
凛太のシフトの日に例の患者が突然来訪してしまい、もう1度悪夢に入った件もあり、いつの間にか凛太が優位に立つような形で練習は進んだ。恋のパワーが爆発した人間の成長速度は凄まじく、闇憑き洋館のプレイの腕や知識も凛太のほうが上になっていた。
自分が悪夢と練習で学んだ知識や経験を桜田と共有して迫る約束の治療当日に備えていった。
「同じホラーゲームをやり続けてると次第に敵が全く怖くなくなってくるってあるあるですよね」
「あるあるだね。私も本当に一番最初にやったようなホラーゲームではびびってたな」
「桜田さんでも怖い時があったんすか」
「そりゃそうだよ。幼稚園児が幽霊を怖がらなかったら異常だよ。小学生になったら怖くなくなったけどね」
「へー。僕もようやくこのゲームの敵が全く怖くなくなってきました。悪夢に入った時はやっぱり怖かったんですけど、次はたぶんリアルに見ても怖がらずに動けます」
「よく見ると可愛いよね。抱きしめたいくらい」
さすがにかわいいとは思えなかったが凛太はその言葉に同意した。
……それとなく希望して桜田の部屋の風呂にも入らせてもらったりなんかもした。さすがにこれを提案する時は緊張したが、あっさりと許可はもらえた。
桜田がいつも使っている浴室で、桜田がいつも使っている歯ブラシやカミソリに甘い香り……そして落ちている体毛に興奮したのは言うまでもない。
また朝まで一緒に時間を共にして、桜田がおすすめのホラー映画なんかも隣に座ってポップコーンを食べながら見た……。
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