第6章 ケース5:伝染する悪夢
第90話 眠っていたはずの少女
……少女は腕を上げた。
そうすると、桜田が宙に浮いた。
首から天井へ上がっていく桜田は苦しそうだった。見えない透明な手に胸倉をつかまれているように見えた。
……少女は軽く手を払った。
そうすると、宙に浮いた桜田がゆらゆらと右に左に揺れた。
無邪気に遊ばれる人形のように動く桜田の体は不思議で、ただ珍しく見えた。それを人間だと認識したくなかったのかもしれない。
……少女はしばらく桜田を使って遊んだ。手だけで他人の体を自在に操った。
少女が怪し気に指を動かせば、桜田の体は回転したり逆さになったりした。人間の体がどこまで痛みに耐えられるか実験しているかのように、ゆっくりと骨が折れるまで足を開かせたり、体を山折り谷折りにした。
当然それ相応に聞いたことが無い痛みの音も聞こえてきて……桜田が恐怖で発する悲鳴もそこで初めて聞いた。
桜田でもあんな声を出すのだと、凛太はその一部始終を他人事のように眺めていた。立ち尽くしたまま傍観した。
眠かったのだ。凄く。座ろうかとも思った……。
いつも夢を見ている時と同じような感覚。その気になれば自力で動ける夢の中だった。
……やがて少女は桜田を操る手を乱暴に動かした。
軽く手を動かすだけで壊れた桜田の体が、折られ過ぎてついに腰の所で真っ二つになった時だった。それ以上はもうどのように壊れていったのかよく分からなかった。
次は自分なんだろうな。これも映画の登場人物を見ているように思った。
……少女は歩みを止めなかった。
桜田を殺したことに関して特に反応を見せることなく、当たり前にドアから凛太のほうへ歩いた。
自分の夢よりは幾分か意識を保っていられる空間で、凛太は初めて少女の姿をしっかりと目に映した。
自分が見る悪夢の少女だとは直感で分かった。人形のような少女だった。恐ろしさというものは見た目には表れていなくて、無を形づけたような。いつも意味の分からないうちに殺されているので怖いイメージが強かったけれど、一見普通の少女だった。
ただ、目の光が全く無くて引き込まれそうなほど黒い。
電波が悪くて時折ノイズが走る映像のように見える視界の中、凛太が咄嗟に意識を取り戻して走れたのは少女が凛太のすぐ近くまで来て体に触れようとした時だった。
その時凛太は、触れられるとここで死んでも現実に戻れないような気がした。朦朧とする意識の中でも、リアルな死を感じ取ると考えるよりも先に体は動いた。
体を反転させて走り出す。遅れて意識が目覚めると、凛太もかつてないほどの恐怖に包まれた。
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