第94話 全員出勤
バイト準備室に入ると、とまと睡眠治療クリニックで働くバイトの面々が一堂に会した。中央で顔を合わせる輪に凛太と宮部も加わると全員になる。
「おはよっす」
「おはようございます」
後から入った2人から軽く挨拶を交わす。
「おはようございます。じゃあ俺は院長に呼ばれてるから」
「どうしたんですか」
「電話の対応の手伝いだって。そんなことやったことないんだけど」
増川は入れ違いで部屋から出て行く。眼鏡を吹きながら、あまり気分が良くないという顔をしていた。
「まあそういうのなら増川君だよね。私もそんなことやったことないし」
「今日もあれやろ。少女の悪夢のがいっぱい来てるんやろ」
「そうです。悪夢ファイルに目を通したんですけど全部それでした」
「そんないきなりどうしたんやろ。こりゃただ事じゃないよな。偶然ではありえへん」
「え、これ全部同じ悪夢のなの?どういうこと?」
「はい。ちょっとずつ内容は違うんですけど小さい女の子に殺されるっていう夢です」
何がどうなっている。話の方向が読めない。付いていけない。自分が悪いのか。
宮部、桜田、春山の会話を凛太は1歩引いた位置で黙って聞いていた。凛太も春山が手に持っていたかつてない量の悪夢ファイルに驚く。
「へー。本当だ。全部女の子って書いてある。昨日もこんなだったんだ」
「はい。昨日は宮部さんと増川さんとだったんですけど同じ夢ばかりで驚きました」
「数が多くて大変だったね。でも、女の子の幽霊か……」
どうやら桜田はこの前の悪夢で少女の霊に痛い目に合わされたのを完全に忘れてくれているみたいだった。そのことは嬉しい。
それに、考えてみれば自分の関係ないところであの悪夢が発生しているというのは一体どういうことだろうか。そもそも自分の考える少女と他の患者の悪夢の少女は同一人物か。意外と自分は関係していないのかも……。
背中を湿らせていた汗が渇き始めた凛太は、意を決して話に入り込んだ。
「でもそれってほんと色々とおかしいですよね。急に同時に患者が来たってことは昨日や一昨日に皆一斉に同じ悪夢を見たってことですよね」
「そやなあ」
宮部が楽しそうに答える。
「今までは同じような悪夢の患者が同時に来ることなんて無かったですし。それに、何で1日悪夢を見たくらいで病院に駆け込んできてるんすかね」
「それは昨日の紙にも書いとったけど、その悪夢を見た人はすごい怯えるらしい。2度と同じ夢を見たくなくて眠れなくなるんやと。ほんま面白い話やで。盛り上がってきたなあ」
ひたすら楽しいことを求めている宮部という男にとってはこの状況がそう思えるらしかった。
「そんな怖いんすか……その悪夢。昨日も治療したんですよね」
「それがな……」
「ええっ!」
その時、桜田が突然大声をあげた。室内はその音で静まり返り、皆が桜田の次の一言を待った。
「でも……この悪夢全然怖くなさそうじゃないですか……つまんないなあ」
桜田が驚いた理由を話した後も少しばかり沈黙が流れた。さすがに呆れる性格である。
「でも、そうなんよなあ。書いてるよりも怖くはないんよな」
「そうなんですか」
「うん。青ざめたような女の子がおるんやけど、特に攻撃してくることもなく」
深刻なような、取るに足らないことのような。同じバイトの話を聞いているだけでは事の全貌が見えてこなかった。
一体何が起ころうとしているのか。それを本気で知りたければ、まず馬場に聞くのが一番だろう。
顎をつまんで一呼吸置くと、凛太と宮部は着替えに入った。そうしていると、バイト準備室のドアがノックの後に開かれる。
「バイトの皆さん、院長が治療始めてほしいそうなんで早めに移動お願いします」
一同を呼ぶのは看護婦らしい女性だった。
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