第95話 看護婦

「今日は院長が忙しいらしいので、私が装置を管理します。装置は人数分用意してます」


 バイト5人全員で入った治療室にはいつもよりも数が多い装置が狭苦しく並んでいた。追加されたものは新品なようで塗装が綺麗だ。


「皆さんにはこれから2組に分かれて悪夢治療をやってもらいます。数が多いので」


 手に持ったファイルを見ながら、テキパキと装置を1つ1つ確認していく女は白い制服を着た馴染みのない女だった。


 飲み会の時に隣のテーブルに座っているのを見た気はする。醤油顔で姿勢が綺麗な。今日は仕事の場だからかもしれないが、表情にほとんど変化が無い。ミステリアスで感情の起伏が少ない大人の女だった。


 その看護婦の女は自己紹介もせず、淡々と作業を続けた。


「少し早いですが、これからすぐ治療を始めてもらうので、今のうちに2組の別れ方きめてもらっておいていいですか?」


 女が言うとバイトの5人で話し合いが始まった。


「……どうします?」


「まず昨日やってる人は分かれたほうがいいよね。だから春ちゃんと宮部さんと。増川さんもかな」


「じゃあ、バイトの経験値的に僕と桜田さんも分かれたほうが良いと思うから――」


 凛太は適当に頷いているだけだった。話は頭に入ってこないが首は動かす。


 何かしら事が起きることを覚悟してここに来たが、覚悟していたのとはまた違った方向に事件が起きている。その件について考えるには時間が足りなくて、1回冷静になれる時と場所がほしかった。


 もしかしたら取り返しのつかないことをやってしまっているかもしれないが何もできない。同僚達も少なからず状況に戸惑っているようだったが、急に大量に来た患者の悪夢の対象は自分が見ている夢に出てきている子かもしれないだなんて言い出せなかった。


「準備はいいですか。この3つに1組、この2つにもう1組で入ってください」


「はい」


 組分けは、凛太と増川の2人と、桜田と宮部と春山の3人に決まっていた。女の指示した通りに1人ずつ乗り込んでいく。


 他の4人は悪夢治療をすること自体は気にしていないようだったが、凛太はこの悪夢の正体が自分の考える少女と一緒だったらどうしようかと悩み続けていた。簡単だというならたぶん違うけど、もしそうだったら……。


 いつもあった「おやすみなさい」の挨拶は今日は無かった。それが無くても昨日眠れなかった凛太の頭は意識を失った。



「――今回はこんなところか」


「割と明るい感じですね」


 増川と入った夢の中は暖かい太陽が包む住宅街だった。普通の。


「ここのどこかに女の子の霊がいるんですよね?」


「うん。行こうか」


 他の悪夢と同じようにまずは患者探しが始まった。臆することなく歩く増川について行く。


「増川さんは今回の同じ悪夢を見る患者がいっぱい来てる件をどう思ってるんですか」


「別に良いんじゃない。難しい悪夢じゃないし、変な化け物みたいな悪夢がくるよりはマシかな」


「それだけですか。何もおかしいとは思わないんですか?」


「うん。何かしら起こってんのかもしれないけど考えても分からんし。そういうのは院長が解決するでしょ」


「そうっすか……」


 自分が隠し事をしているせいか前を歩く増川はかなり気楽に感じて、楽しんでいるようにも見えた。


「まあ何か薬物とかかな。なにかしら新しい薬の副作用とか。それもないか。原因が分かった時に知れればいいや」


「患者の場所が分かりづらかったりしますかこの夢。あんまり怖くないなら」


「いや、何故か患者は凄い怖がるんだよね。あんまり霊っぽくない女の子なのに」


 数分歩き続けると、増川が言った通りかなり怯えた様子の男が前方から走ってきた。その男はしきりに後方を確認して息を切らしている。


 さらにその奥を見ると1人の少女が確かにそこにいた。

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