第96話 違うけど違わない
「あ、いたね」
増川はその様子を見ても歩く速度すら変えなかった。ただ指を差してみせた。
凛太はいよいよ審判の時が来たという思いだった。住宅街の道の上、いくつか交差点を挟んだ先にいるのでまだぼんやりとしか見えない。
あれが自分の知っている少女か否かで次の自分の心境が大きく左右される……。もう少し目を逸らしていたい……お願いだから別人であってくれ……。
自分の靴を見ながらもう少しだけ歩いて、足の指をぐっと握った凛太は顔をあげる。ゆっくり瞼を動かして少女にピントを合わせると全貌は確認できた。
たぶん……違う……。
いや、絶対に違う。あれはあの少女じゃない。来ている服も歩き方も違っている。それにあの少女が纏う暗い雰囲気はあんなもんじゃない。形容しがたいが、見ているだけで不安になってくるような感じが見ている少女には無かった。
「じゃあ俺があの女の子を引きつけるから草部君が患者さんの治療始めてくれる?俺もすぐ戻ってくるから」
「はい。了解です」
良かった……本当に良かった。凛太は増川が少女の気を引くように近づいていく姿を見ながら患者らしき男のほうへ向かった。まだ気を抜けないけどたぶん大丈夫なはず。
増川が手を叩きながら少女の横を通り過ぎると、少女は増川のほうへ手を伸ばして歩き始めた。襲い掛かることも無く、進行方向を変えるだけだった。
「もう大丈夫です。助けにきました」
一息つくと、凛太は男に話しかけて治療を始めた。男は増川が少女を連れて見えなくなっても震えて、近くにあった電柱に抱きついたままだった。
ただ歩いてきていた少女のどこがそんなに怖いのか不思議ではあったが、夢の中の本人にしか分からない感情があるのだと思った。起きてから何であんな夢で自分は怖がったり喜んでたりしたんだろうなんて思うのは聞いたことがある話だ。
凛太が熱心に話しかけていると男は落ち着いてきて、ここが夢であることも理解した。そうすると男は凄い勢いで凛太に感謝した。
「これで死なずに済むよ」、そんなことまで口走って電柱から凛太の足に抱きついた。男に抱きつかれる趣味は無いと思いながらも、凛太もそれは良かったと男の肩を叩いた。
男を道端にダンボールを枕にして寝かしつけると、凛太は散歩を始めた。考え事をするには座ってじっとしているよりもそっちのほうが良いと思った。天気もいいし、石ころでも蹴飛ばしながら。
少女が別人なのは良かったけれどそれならそれでこの悪夢は何なのだろうか。同僚たちはあまり深刻にはしていなかったけれど彼らは変人が多い。宮部と桜田なんて問題が大きければ大きいほど喜ぶだろうし。普通なほうの増川もなんだか楽観的だった。
しかし、かなり異様な出来事であると1つ問題が解決した凛太は考えていた。考えすぎだとは思わない。増川の言う通り考えても答えは全く見つからないけれど。
増川が少女を連れて行ったほうへ歩いていたが、増川の姿は見つからなかった。夢が覚める前に一応合流しておきたかったけれど、具体的にどこに行ったかは分からない。
まさかやられたとは思えないが、このまま散歩したまま会えないで終わりだろうう。
患者の男を寝かしたところから随分離れて、住宅街からちょっとしたビルが立ち並ぶどこかの駅前まで来た時だった。凛太はある光景を見て心臓が止まるほどの戦慄を覚えた。
やはり一目で分かる。あの少女だ……。駅の駐輪場の方から凛太の悪夢の少女が歩いてきていた。
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