第2章 ケース1:何度も刺し殺す女
第6話 夢の中へ
「いや、聞いてるんですけど……その悪夢の中に入るっていうのが信じられなくて」
「まあ初めはそうだよね。俺も最初に来たときは驚いたなあ」
「あの、詳しく教えてくれませんか。その悪夢治療について……」
「詳しくって言われてもなあ……言葉通りの意味だし……どう言えばいいかな……」
やっぱりそうなのか……。何かの間違いだったということも期待していたけれど増川は平然と笑っていた。バイトの人間も一緒になって自分へ嘘をついているのでもなければこれから本当に…………。
凛太は自分の腕をつねって、少なくとも今は現実にいることを確かめた。触れたロッカーから金属の冷たさも確かに指に伝わってくる――。
「おはようございます。……あ、新人ってこの子ですか?」
不安に胸を悩ませていると準備室のドアが開いた。入ってきたのはモデルのような容姿をした女だった。
「おはよう。そうそう新人の草部君」
「誰の紹介ですか?」
「いや、求人見て来た子って院長から聞いてる」
「へー。そうなんですか」
入ってくる場所を間違えたんじゃないかと思える増川の同僚らしき女は深夜バイトにも怪しいバイトにも似つかわしくなかった。すらっとした体はヒールを履いていなくても自分と同じ人間とは思えないほど綺麗で、顔も抜群に整っている。
その容姿に見とれた凛太は、女が増川と話し出したということもあって挨拶のタイミングを逃してしまった。すると向こうから目を合わせてきて会釈される。
「あ、初めまして。今日からバイト始めた草部です」
「桜田です。よろしくね」
服装や仕草がお嬢様みたいなら名前まで桜という美しい文字が入ってしまっている。凛太は一応お風呂に入ってきて正解だったと思った。
「でも、初めてなら大変ですよね。増川さんは今日の患者リスト見ました?」
「見たよ。1人男の人が来てる」
「どんな悪夢だったんです?やばそう?」
「今日のやつくらいなら初めてでも大丈夫なんじゃないかな」
「ああ。たいしたことない悪夢ですか……。でも、新人の子がいるならいいか」
喜んでいたのも束の間、桜田も悪夢の話を始めたのだった……。
こう言うと増川に失礼だけれど、増川と桜田がカップルだと紹介されたらすごく不釣り合いだと感じる。2人が並べば背は女の桜田のほうが少し高いくらいなのに顔は増川のほうが大きい。
そんな凸凹な男女は時間になると早速といった感じで凛太をある部屋に案内した。
「時間になったらまずはこの部屋に来るのね。俺らのバイトは基本的にこの部屋で過ごすことになるから」
「はい」
部屋の中にはデスクとパソコンが1……2……3……6つ並べて置いてあって、その内の2つの電源が付いていた。
「ここで、患者さんの睡眠の状態をチェックするの。それが主な仕事かな」
パソコンのモニターに心電図みたいな波形が映し出されている。その隣にも下にも何かを計測しているらしい波形が波打っていた。
「こっちが脳波で、こっちが、患者の呼吸状態ね。でもまあ細かいことはとりあえず今日のところは覚えんでいいよ」
「はい」
「患者の睡眠状態が悪くなると、少なくともどれかが乱れるから。それをここで見守るのね」
睡眠治療のサポートに患者の見守り……求人に載っていた通りの業務内容ならばありそうな仕事だった。しかし……。
「問題はここ。この緑に光ってるセンサー。これが今は緑に光ってるけど、患者が悪夢を見始めると赤くなるの。これだけはちゃんと見てなきゃいけない」
「これ以外は私たちもあんまり注意して見てないですよね」
「うん。普段けっこうダラダラしちゃってるよね」
増川も桜田も新人の指導を優しく行ってくれた。笑顔で接してくれて2人とも良い人そうである。バイトの先輩くじは大当たりの部類だと思った。
何でこんな人たちがこんなところでバイトしているのか……。
「悪夢治療さえ乗り越えられれば、あとは楽ですよね。時給も高いし」
「楽だね。院長もめんどくさいこと言ってこないし。でも、そこがなあ」
「いったいこれから何をするんですか……」
恐怖がもうすぐそこまで迫ってきたように感じて、凛太は思わず口を挟んで声を出した。
すると、その声に反応したかのようにパソコンの横に付いた豆電球みたいな緑色の光が……花を咲かすようにじんわりと赤く変わっていった……。
「ちょうど始まったみたいだし、行こうか……夢の中へ。話すよりも実際見たほうが分かりやすいと思う」
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