第106話 次の目標

 夢を普段見ることが無かった凛太でも知っていた明晰夢という言葉。どれだけ一般的な現象かは分からないけれど、たぶんその辺に住んでいる人でも1回は見たことがあったりするものだ。


 創作物のテーマでもよく聞くような部類で、歌手の曲のタイトルにもなったりしている。明確に明晰夢とは言わなくても物語の主人公が夢の中で自由に動いてる光景もよく目にする。


 それが自発的に引き起こすことが可能なのかは説明を聞いても疑問ではあるけれど、人の夢に入るなんていう有り得ない話よりはよっぽど信用できる。


「そう。分かってくれたんだね。君が思っているよりこの世に不可能はないんだよ」


「たぶんそうなんですよね。僕にはまだ分かんないですけど、少なくとも治療法は本当だと。信じるというか、信じたいですね」


「じゃあ、僕の新しい治療法に付き合ってくれるってことでいいんだね」


「はい」


 嫌とは言いつつもすぐに同意したのは馬場を信じる信じない以前に、どっちにしろその選択肢しか無かったからだった。


 たぶん凛太が知っているこの病院の普通の治療法では凛太の悪夢は治せない。あの少女にはバイト最強の桜田でも勝てないことが分かっていたからだ。そのことはまだ馬場にも隠したままだった。自分が見ている悪夢が別次元に強力だなんて今更言えない。


 このまま自分一人で完結できる治療法なら疑わしくても乗るしかない。


「ありがとう草部君。やっぱり君は一味違うよ。恩に着る。でも言っておきたいのは、さっき安全性が100%保証できないとは言ったけど決して危ない治療法ではないから安心してほしいってこと」


「はい」


「結局、人間の生理現象の延長で睡眠の質を変えるだけだから、もし体調に悪いことが起こるとしても寝て起きた時に不快だとかそんなもん。こっちで普通の治療と同じように脳の状態を測定しておかしかったらすぐやめるし。それにこの治療法を試すのは草部君が初めてじゃないからね」


「そうなんですか」


「うん。実はもう3人くらい試してるんだよね。その時は問題なかったかな……」


 それを聞いて安心した。どうなることかと心配したが話してみればいい方法があったものだ。凛太はその時もう既に自分の悪夢が治ったような気がした。


「それなら安心です。すみません迷惑かけて。よろしくお願いします」


「うん。こちらこそありがとうね。草部君。本当にありがとう」


 最後に馬場から強くそう言われた。凛太のほうから相談したのに、まるで馬場が何かを頼み事したかのような雰囲気だった……。



 後日、新しい治療法を受けることになった凛太にはまたその日までの日常が戻ってきた。闇憑き洋館の悪夢を治療してからというもの遠ざかっていた日常が凛太のもとにもようやくやってきた。


 ずっと待ち望んでいたもの。普通の日常とは時間に余裕があって、自分の為に考え事や行動をする時間を作れることだ。


 勇気を持ってやってみたかったことがあった。前から決めていたことだけど予定外のことに振り回されて遅くなってしまった。これが終わればと思い続けてあふれる気持ちを抑え続けていた。


 春山をデートに誘う。落ち着いた凛太の頭の中はそれでいっぱいだった。

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