第111話 特別治療室

 廊下と違って正反対に明るい。凛太は眩しくて思わず目を覆ってしまった。


「うわっ。眩しい」


 緊張感が無いかと思ったが、隣の馬場はもっと大げさに声まで出して眩しがっていた。


 病人用らしき清潔な白いベッドと、ソファにクロゼットまで備わっている。開いているクロゼットには大サイズから小サイズまでのパジャマが並んでいた。


 全体的にほんのり明るい色使いの部屋。そして、ベッドの枕の上には何かしらの装置があった。言うまでもなく睡眠医療の患者が使う部屋だ。


「お。準備できてる」


「はい」


 そして、部屋の中には1人女性が立っていた。前の忙しい時に馬場の代わりに悪夢治療装置の管理をしていた看護婦の女だ。


「じゃあ後はもう寝るとこまで任せっちゃっていいかな。基本は他の患者さんと同じ感じで良いから」


「はい。私は大丈夫です」


 ちらりと看護婦の女が凛太を見た。前と同じ、感情の無い目だった。


「草部君も大丈夫だよね。治療の流れはこの前説明したし、草部君はここで寝るだけだからね」


「はい」


 ちょっと不安だったけれど凛太は肯定の返事をした。たぶん馬場の言った通りここで寝るだけだから。


「じゃあ、僕は僕の仕事をするから」


 馬場が部屋から出ていく。別の部屋で装置や自分の眠りを管理するのだろう。


 看護婦の女と部屋で2人きりになってしまった。凛太はまずどうしたらいいか分からずにまだ入り口のところへ立ちっぱなしになる。


 患者用の部屋ではあるけど、部屋の隅には何用か分からない装置がたくさん置いてあった。段ボールも重ねられている。今日が特別なのでなければ普段は使われてない部屋なのかもしれない。病室もここ以外で充分足りているらしいことは治療する人数で分かるし。


 いきなりベッドに寝転んでいいのだろうか。パジャマに着替えるのか……。


「もう。寝転んでいいですよ」


 悩んでいると、看護婦の女が声をかけてきた。


「あ、はい。この格好のままでいいですか?」


「寝づらいならそこのパジャマに着替えてもいいですけど、どうします?」


「はい。えっと、すみませんこの格好のままで」


 凛太は靴を脱いで、ベッドの上に失礼した。布団はめくったけれどまだ寝転びはせずに座った状態で看護婦の女の様子を見る。


「失礼しますね」


 看護婦の女はそう言うと、凛太の体に様々な処置を施した。腕と頭と顔に、装置から伸びるコードの先を取り付ける。肩こりに効くシールみたいな奴だ。手首には謎の時計みたいな形の機械も付けられた。


 一言だけでそれらの作業をスムーズにこなしていく。


 凛太はその間、無表情で作業する女の横顔をもっと愛嬌があればかわいいのにと思ってみていた。整った顔のパーツを持っているのに全くそれを動かさない。まるで医療用に作られたアンドロイドでも見ているようだった。


 すると、そのアンドロイドが急に凛太へ目を合わせた。


「あっ。えっと……」


 不意に流し目で綺麗な瞳に見られた凛太は思わず声を出してしまった。そして、何も考えていないのに続けてしまった。


「すみません。僕の為に。いつもは昼が仕事なんですよね。こんな時間に……」


 咄嗟だったけれど自然な言葉が出た。


「気にしなくていいですよ。時間外の給料がちゃんと出るので」


「そうなんですか。でも大変ですよね」


「私はそれより……あなたが可哀そうだわ……」


 看護婦の女は目を逸らして呟くように言った。


 凛太にとっては理解しがたい言葉で、当然その意味を考える。治療が必要な悪夢を見ているから出た言葉だろうか。


 そして、そのことかは分からないが看護婦の女が次に手に取ったものは凛太が眉を歪ませるものだった。


 注射器を持って、何やら準備をしている。

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