第19話 釘付け

 腐った園児たちの先で灯っている信号の光は青……車なんて影も見えないしタイヤの音も一切聞こえていないが、奴らは律義に交通ルールを守った。


 現実でも同じように子供のほうがしっかり社会のルールを守っていたりする。園児たちは手を自分の頭の上まで真っ直ぐに伸ばして、しきりに左右を確認しながら歩く。


 凛太は腕の痛みも忘れてその行動の一部始終に立ち止まった。少し離れた横断歩道を小さな足で歩いているので多少立ち止まっても問題ない。


 昨日の悪夢でもそうだったが、全く想像していなかった恐怖を見ると逆にじっくり見たくなってしまう……人間が持つ無限の好奇心なのか、ただ自分が変態なのか……。


 あんなに恐ろしくて気持ちの悪い容姿をしているのに、中身はちゃんとした子供。そんなもの一瞬でも目にしていたくないのに……。


 凛太は園児たちが横断歩道の半分ほどまで進み、我に返ると小さくなっていた増川の背中のもとまで急いだ。


「草部君痛くない?大丈夫?」


「大丈夫じゃないです。めっちゃ痛いです」


 凛太と増川は高い柵を構えた民家の敷地内に入らせてもらって息を潜めた。いくつか角を曲がった先の民家なので園児たちの足音は全く聞こえない。


「痛いよね。一応、夢だから自分が痛くないと強く思えば痛くないっていうのがあるんだけどやってみる?」


「え……やってみます」


 凛太は痛くない痛くない……と心の中で連呼して自分の腐敗した左手首を見つめた。けれど、見た目のインパクトが強くてより痛くなった気がする。


「……っ痛い。……ダメみたいですね」


「まあ難しいよね。目覚めたら治るから我慢するしかないね。そのためにもさっさと終わらせよう」


「増川さんは痛くないんすか?」


「いや、俺も痛いよ。俺も上手く痛みまでコントロールできないかな。まあ慣れというか……現実で同じこと経験するよりは痛くない。草部君もそうだろうけど現実で手がこんなことになったらもがき苦しんで走れないでしょ」


 増川は笑った。凛太から見れば状況はピンチだと思うのだが、ギャグでも言ったかのように笑った。本当にこんな悪夢に慣れてしまっているんだと感心に似た感情を抱く。


「こんな攻撃される悪夢ってけっこうあるんですか?」


「あるけど、そんなにないよ。正直今回は危ないほうかな。前には片腕まるまる落とされても俺生きてたりしたなんて案件もあったけどね。ははは」


「……っはは……はは」


 凛太も笑うしかなかった。


「作戦考えたから言うね」


「はい。お願いします」


「俺たちのどちらかがあの園児たちをひきつけて遠くまで逃げる。その内に残った1人が患者さんに夢だと伝える。本当は2人で患者さんの所に行くべきだけどあいつらに触れられない以上、どっちかが囮にならないといけない。単純だけどこの作戦でいこう」


「はい」


「で、どっちがいい?囮か、救助か」


「……自分が救助でいいっすか」


 凛太の側からすると、腐った園児たちに追われてひーひー言わされながら苦しむより患者の救助のほうが随分楽に感じた。増川には申し訳ないが正直に言う。


「いいよ。俺は囮側のほうがいいし」


「あ、いいんですか。すみません」


「患者さんに夢だと伝えるときはとにかく安心させてあげることね。もし何かあったら、俺またこっちのほうに逃げてくるから大声で呼ぶか追ってきて」


「はい」


「じゃあもうすぐ行こうか」


 増川は背伸びをして柵の上に頭を出し辺りの様子を伺った。そうして凛太の初めての悪夢治療が始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る