第18話 習性

 腐った女児は手を引くように凛太の手首を掴んだ。その剥がれ落ちた爪の先から凛太の健康的な肌色が毒に侵されるように黒く汚れていった。


 凛太はその光景を見て反射的に腕を引いた。顔の前に持ってきた自分の手首は見間違いではなく確かに周りの園児たちのようになっていた。


「うあ……ああ……」


 叫び声にもならない声が自然とこぼれ出る。理解できない状況にただ戸惑うしかなかった。


「草部君。一回離れよう」


「……はいっ」


 増川はもう落ち着きを取り戻していて、凛太は指示に二つ返事で従った。


 腐った園児たちは先ほどまでとは打って変わって凛太と増川の下へ集まり始めていた。園庭に散らばる遊具で遊んでいた園児もそこから離れて園庭の中央に走ってきている。


 攻撃しようという感じではない。皆頬を緩ませて、何か面白いことでも始まったのかという顔をしている。


 増川は近づいてくる園児の1人を走りながら蹴飛ばした。凛太と同様に腐らされた片手を抑えながらも勇敢に園児たちと戦っていた。


 凛太はその頼りになる背中をひたすらに追いかけた。


 子供の喉を締め付けたような甲高い笑い声の中をただひたすらに……。


 2人が柵をジャンプで越えて道路に出ても、園児たちは追ってくるのをやめなかった。小さな手足を使って奴らも柵をよじ登った。


 けれど、ジャンプでは柵を越えられなかった分、距離を離すことはできた。


 住宅街で腐った園児達との鬼ごっこが始まる。走りながら曲がり角で後ろを見ると地獄のような景色が見える。


 服装と体系だけがかわいいゾンビたちが自分を追いかけてきている――柵を飛び越えて上手く着地できなかったゾンビは血を流して、その場で動けなくなりただの肉塊になっていた。


 奴らの速度はそれほど早くない。普通の園児と大差がない走り方だった。手首を抑えたまま腕を振らずに走っても徐々に引き離せている感じがする。


 その腕はというと、園児に触れられた部分だけが腐っているみたいで広がってはいなかった。


 しかし、痛い。鈍器で思い切り殴られたような痛みがする。左手の指は動かせなくて、手首から先が無くなったようにも感じる――。


 引き離せているが撒くことはなかなかできそうにない。園児達の先頭を走る足が速い男の子をどうにかしないと列をなして次々に追ってくる。


 息を上手く吸い込めなくて苦しくなってきた。このままじゃその内、こっちが息切れして速度を落とす。


 たとえ夢とはいえ捕まりたくない。全身が腐らされて死ぬのはどれほど気持ち悪くてどれほど痛いのか……怖いっ。


 展開が変わったのは凛太と増川が広い道に出た時だった。凛太達は四車線あるその道を走って突っ切った。


 しかし、園児たちは足を止める。そして、近くの横断歩道を見つけ、手を挙げた。


 右を見て、左を見て横断歩道を歩き始める……。

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