第60話 起動

「治療するなら早いほうがいいんだよ悪夢って。定期的に見るようになったらその内毎日見るようになっちゃうし、悪夢の内容もより酷くなっちゃうから。治すのも大変だし、よく眠れないのは誰でもつらいよ」


 バイトを始めて悪夢を見るようになったなんて自分そのものでどきっとしたが凛太はそんな訳がないと忘れることにした。凛太は夜に眠れないほどにはなっていないし悪夢を見る回数はむしろ減っていっているのだ。


 しかし、内容は酷くなっているように感じる……いや、忘れよう。


 お酒を1杯飲んだだけで頬が赤くなっていた春山の表情を脳に焼き付けて、桜田のホラゲーの話を聞かされて、バイトの同僚たちに初めて悪夢治療をした時の話なんかも聞いて、夜は深まっていった。


 学生もいることだしという雰囲気で飲み会は日を跨ぐ前にはお開きになった。凛太も馬場の言葉に甘えて、随分と飲み食いさせてもらった。明日の朝になっても消化しきれていないであろう量が胃の中に収まった。


 楽しくなった凛太はそれでもまだいける余裕があったが二次会に行こうという声はなく気持ちいいところで切り上げることになった。大人たちは次の店に行ったのかもしれないが少なくともバイトは夜の街から出た。


 家に帰った凛太は周りのマンションの窓の光も随分少なくなった時間帯とはいえ最近はいつも起きている時間なのでまだまだ元気だった。だから眠くなるまでゲームをして朝になったら眠った。


 飲み会で聞いたバイトが悪夢を見るようになるという話は寝る前には完全に忘れていたのに、その眠りでは長い悪夢を見た。


 目覚めたときには疲労感があった。眠っていたのに無くなっていない体の疲れ。そして、現実に戻ると共に脳内で繰り返される自分が今まで見ていた光景。


「私と代わってよ。ねえ私の苦しみをあなたがもらって」


 いつも最初は病室で寝ている少女にそんなことまで言われ始めたという覚えがある――。



 それから1週間とちょっとの時間が過ぎた。その間も凛太は悪夢治療バイトをこなしていった。怖い夢もあれば楽な夢や面白いと思えるような夢まであった。患者の数が多くてバイトが3人態勢で次々に治療していった日もあった。


 問題が無いわけではないけど軌道には乗った。自己評価で大きいとする問題はない。それが日常になり辛いとは思わなくなった。人間の学習能力や慣れという概念は恐ろしい。凛太は完全にとまと睡眠治療クリニックの従業員の一員へと成長した。


「ホラーゲームの夢を見てしまいます。ホラーゲームが忠実に再現された夢の中で殺される夢を……………………」


 そんなある日――出くわした悪夢は凛太にとってしばらくぶりの大きな壁となった。

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