第66話 ゲームオーバー

 凛太は考えるよりもまず先に体のスイッチを全開にした。とりあえず正面に見えている階段に向かって地面を蹴りだす。


 広さも構造も分からない洋館の中を奥に向かって階段を上った。右へ行くか左へ行くか迷った階段の分かれ道では、直感で右折する。


 桜田は即死した。思っていたよりもずっと一瞬で無力なまま。このバイトで一番強い桜田が敵と遭遇してすぐにやられてしまった。


 階段を上り切った凛太は化け物のほうへ振り返る。自分を追ってきているのかいないのかそれを確認した。


 手の化け物はエントランスでまだ桜田の死体の近くにいた。何をしているのか目を凝らすと、どうやら桜田の死体を口の中に入れていた。


 このゲームの化け物はプレイヤーを食べる。食べる為に襲い掛かってくる。そこにどんな理由があるのか知らないがそういう設定になっている。殺す為ではなく食べる為に襲う。捕まったプレイヤーは食べられてゲームオーバーになるのだ。


 凛太はその光景に立ち止まった。そして桜田をあっという間に食べ終えた化け物が急にこちらを向くと凛太は再び洋館の奥へ走り出した。


 桜田は死んでしまったが現実世界で本当に死んでしまったのではない。ただ夢の中から現実へ戻っただけだ。


 凛太は逃げることに全ての神経と細胞を集中した。一瞬でこの悪夢治療を成功させることは諦めた。全く知らない洋館の中を自分一人で化け物から逃げ回り患者を救うなんて無理だ。


 真っ暗な廊下を行き止まりになっていなそうなほうへひたすら走った。さっきの手の化け物は後ろから追ってこようとしていた。ちらりとしか見えていないがエントランスで凛太を視界に捉えた手の化け物はそういう動きをした。4つの足音も離れた後方で聞こえる。


 まずはあの手の化け物を振り切り、目指すは安全そうな部屋。ゲームなら逆に安置となる場所が少しくらい用意されているはず。そこで患者の夢が覚めるまでじっとしているしかない。それしか自分も死を経験しない道はない気がする。


 壁についた大量の手形と足形、何か意味ありげな絵が並んだ廊下。そういったものを見つけたら別の道へ進んだ。


 分かれ道をいくつか経て、もう1つ見つけた階段を上ると手の化け物の射程内からは逃れて振り切ることができた。それが分かったのは化け物と遭遇してからずっと聞こえていた音楽が消えたからだ。


 ゲーム中のBGMだと思っていいはず。おそらく接敵したときの。恐怖感を煽るようなピアノの音だった。高くなったり低くなったり大きくなったり小さくなったり、気持ちの悪い曲だった。


 凛太が最初にその音を聞いて固まったのは凛太の悪夢で聞いた病室の少女がひく曲に似ていたから。BGMが無くなり静かになった廊下で早くなった鼓動を鎮めるのに努める……。


 しかしBGMが止まってからものの十秒ほどで再び同じBGMが流れ出した。どういう訳なのか前と後ろを見ても何もいない。暗くて奥までは見えない。


 不快なBGMの中いつ何が来ても動けるように警戒していると、次第に大きな足音が正面から聞こえてきた。今度は足の化け物だ。


 凛太は再び逃げる為に体を動かした。足の化け物が来たほうとは逆に向かって。


 次に現れた化け物は足だけが大木のように太くでかい。踏みつぶすだけで人が容易に殺せるほど。姿を見たところ廊下の半分以上の空間が足だけで埋め尽くされていた。


 そして何故か上半身部分はボディービルダーのようにマッスルポーズをとっていた。上腕二頭筋の力こぶをこちらへ見せつけながら迫ってきていた。


 凛太は足の化け物を振り切るときも慎重に道を選んでいたけれど、2個目の分かれ道を進んだ時についに先が続かない壁にたどり着いてしまった。


 焦りで頭がいっぱいになる。足の化け物はすぐそこまで来ていて今から道を選びなおすことはできそうにない。


 しかし、凛太が訪れた行き止まりには扉が付いていた。そこがどんな部屋かは分からないがもうそこに入るしか選択肢はない。


 ドアノブに手をかけた――。回そうとするとホログラムのようにそこから文字が飛び出してくる。


「カギがかかっていて開かない。」


 凛太は扉を乱暴に叩いた。ドアノブを蹴り壊そうとした。ただのゲームならゲームではできない動きをすれば脆いんじゃないかと思った。


 でもゲームだからこそ扉は硬かった。木の扉の見た目をしているけれどそれは鉄のように硬くて押しても叩いても全くびくともしなかった。


 そして最後には廊下の角にうずくまった……。


 諦めた凛太に足の化け物は容赦なく腕を伸ばす。腕はそこまで大きくないのにもの凄い力。胴を掴まれて体ごと持ち上げられた凛太は震えながら目を閉じて覚悟した。

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