第32話 夜
そこは夜だった。別に珍しい景色でもないが、入った夢の中が初めて真っ暗な夜だった。
電灯だけが明るい屋外……どこかの町のアスファルトの上。視界の先の道は長く続いていた。奥が闇で見えないほどで、これほど真っすぐで長い道は見たことがない。
急に夜に連れてこられたものだから、冷たさを感じる。それは肌からであり、物寂しいという感情でもある。だから、ただの夜の住宅街を見ただけなのに凛太は背筋が震えた……。
「こんばんは」
そして、凛太と春山が訪れた夢の中ではすぐ目の前に女が立っていた。女は2人の来訪者を見ると口だけで笑った。さらに軽く会釈しながら挨拶してくる。
「……こ、こんばんは」
凛太はその女がぱっと見たところ恐怖の対象ではないと思えたので挨拶を返した。そう思った理由は怖くなさそうな夢だと事前に認識していたし、女が制服であろうブレザーを着ていて中高生らしかったからだ。
その女子中高生は凛太が見据える道の先を振り返って指差した。
「あっちにいるんです。あっちに醜い生物がいるんです」
「……はい」
「あっちにいる奴が怖いんです。付いてきてくれますか?」
背は春山と同じくらいで低く、髪は長い。取り立ててあげるほどの特徴はなく顔も体も平凡な子だった。
凛太はその年下であろう女子中高生の急な申し出になんと返事をしていいか分からず、ただ瞬きの数を増やして女子中高生と周辺の景色を見渡した。
「はい。付いていきます。あなたが患者さんですよね?」
「はい。だから一緒に来てください。あっちにいる奴をどうにかしてください」
「了解です。安心してください。私たちが付いてます」
凛太の困った様子を察してくれたのか春山が対応してくれた。他の一緒にシフトに入ったことのある先輩たちのように「安心してください」という言葉を強調して患者を名乗る女子中高生に歩み寄る。
あ、それでいいんだ……凛太も春山の後に続いた。
真っ直ぐな道路を制服姿の女子中高生に後に付いて歩き始める。進む道はただ真っ直ぐな住宅路で景色はずっと似たようなものだった。分かれ道も少ない。家があって塀があって、電灯がある。
家の窓は全て暗い。明かりが点いている家は一つもなかった。すごく深い時間帯の夜に外に出てきた感じがする。
凛太は散歩をするように斜め上を見ながら歩いた。星も月も平凡な輝き方で見上げるほどもでもない夜空だけど夢の中で再現されているんだと思うと見る価値はある。
この状況に少し違和感はあった。何で患者が初めからここが夢だと分かってるかとか、そもそもそんなに怖がっていないのかとか。でも隣の春山は普通に歩いているし、そういうこともあるんだと凛太は思っていた。
それよりも今は春山のことやバイトのこと、この先にどんな気持ち悪い生き物がいるのかについて考えたかった。凛太は虫を怖がるタイプではないがいっぱいいたりしたら気持ち悪そうだと眉間にしわを寄せる。
歩き始めてからはそれぞれ会話をすることは無く黙々と進んだ。先頭を歩く女子中高生は後ろを振り向きもせず、止まる様子もなかなか見せてくれなかった。
女子中高生の歩き方は姿勢が良くて、最初に会った時の会釈のゆっくりとした感じとかからも上品さが感じられた。今のところお嬢様で優等生タイプっぽい。
凛太はその内、ポケットに手を突っ込みその中で人差し指をパタパタとさせながら歩いた。
いつしかポツポツと道の両端にあった電灯が途切れる場所が見えてきて、行き止まりまでたどり着いた。
「……ここです」
そこには3階建ての一軒家があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます