第100話 悪いのはどいつだ

「草部君にはしばらく付き合ってもらうから、残りの4人で治療しといて」


 凛太が廊下に出ると、最後に馬場はそう部屋の中へ言い残した。


 馬場は急ぎ足で廊下を進んだ。小声で事務関係らしい単語を並べながら、通り過ぎるドアの前で数秒立ち止まったりもした。とにかく忙しいらしい。


「とりあえず草部君はいつもの雑務やってくれるかな。そこそこで、必要なとこだけでいいから。まずはあの薬の部屋から。で、一通り終わったら院長室の隣の部屋に来てくれる?」


「はい」


「おっけー。じゃあ僕はえっと……」


 棚とダンボールが並ぶ部屋に凛太を残して、馬場はどこかへ行ってしまった。凛太は呼び止めることができなかった。


 ざっと部屋を見たところやらなければならない作業はいくつか見つかった。暇なときは片付いているのに今日は散らかっている。この部屋からだけでも昨日からの忙しさが伝わる。


 とりあえず助かったというところか。今日の雑務はなかなか体力的に厳しそうであるけれど、凛太は喜んで作業に取り掛かる。


 ダンボールを運んで、開いて、いらなくなったものは畳んで集める。看護婦が使うであろうマスクやアルコール消毒液の補充や、ゴミの仕分けまで。凛太は自分が知っている限りの作業をこなした。


 時折、普段は散らかっていないところまで散らかっていて、これも片付けておいたほうがいいのかと思うものがあったが手をつけなかった。バイトの身で知らない作業はしないほうがいい。あとで余裕があったら院長に聞けばいい。


 黙々と作業をする中で、不安は重なり続けた。こんな忙しさがこれから毎日続くなら大変なことだ。そしてそれが自分のせいならもっととんでもないことになる。


 自分が悪いのかどうか。それが凛太の議題だった。それが何よりも気になる。


「院長。終わりました」


 凛太は一通り終わると、言われた通り院長室の隣を訪ねた。そこでは馬場が机に座ってパソコンのキーボードを叩いていた。


「よーし。じゃあ次は……」


 普段はあまり入ることが無い、会社のとある部署の一室みたいな部屋。デスクが向かい合わせで並んでいて、それぞれにパソコンやファイルが置かれている。その内の一つから立ち上がった馬場は凛太に次の作業を渡した。


「この領収書にハンコ押してって。これが見本。この紙のこの欄ね。全部同じだから」


「はい」


「試しに一個やってみよっか」


「こうでいいですか」


「そうそう。それでいい」


 馬場の隣の机に座らされて、凛太は重なった紙を相手にした。めくっては右手に力を込めて、まためくる。単純作業だ。


 隣に馬場がいて、話しかける余裕がある絶好のチャンスだ。


「あの、聞いていいですか?」


「何?」


「この同じ悪夢を見る患者さんって明日も明後日も来る感じなんですか?」


 凛太は当たり障りのない質問から始めた。

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