第53話 面白い話

 家の中に骸骨が出てくる。夢の中で当たり前の日常を過ごしているときにタンスの中や押し入れを見ると骸骨が入っている。それが今回の悪夢の内容だった。世間一般では骸骨で怖がる人がいても何らおかしくない。けれど、ただ骸骨が出てくる夢なんてこのバイトをやっている者にとっては簡単と言えば簡単な夢だった。


 動き出してこちらを襲ってくるでもないと聞いている骸骨を見ても多分、今の自分なら表情1つ変えずに患者を安心させることができる。患者さえ見つけてしまえばすぐだ。


 だとしてもこの夢の世界で一体何をするつもりなのか。分からないから凛太は興味を持ち始めた。現実ではできないことをして楽しむのか。相当な変わり者であることが確定した宮部は語りだした。


「この夢の中に入るってすごいことやん。本当に、とんでもないことじゃん。こんな不思議体験は世にない。そうやろ?」


「はい。それは分かります」


「最初入ってきたときは本当におどろいたなあ。すっげえって。なんかこの世の真髄にまで届くような感覚があった。でも、それと同時に疑問というかおかしな点がいくつも見つかっていった」


 テーブル越しに宮部と向き合う形で話は進んだ。


「そもそも何でこんなことできんねんから始まって、夢の中の世界がリアルすぎるのもおかしい。この凄い技術が世に広まらんのも俺にとっては奇妙に見えるね。こんなん患者やバイトが世に言いふらせば一発で広まってもおかしくないやん」


「それは、患者さんには本当に人間が機械を使って夢を共有してるとは言ってないんでしょ。そう聞きました。ただ、薬とカウンセリングと寝る前に頭に取り付ける機械がそういう風に見せてくれてるって。それで、バイトの人間も馬場院長の言いつけ通りに黙って……」


 凛太も夢の中に入るという技術について色々と情報は取り入れていた。バイト中に主に増川から聞いた話だった。


「黙ってられるか?俺は日々言いたくて言いたくて苦しみながら暮らしてるで。でも、言っちゃダメだって俺の勘が言ってるから絶対に言わん。俺は勘にはかなり自信があるから。兄ちゃんも誰かにこの経験を教えたいやろ」


「そうですね」


「これも勘やけど、絶対言いふらした奴はこの世におる。でも今広まってないってことは言った奴と聞いた奴はこの世から消えたってことやな。謎の力によって」


「ええ……本気で言ってるんですか?」


「いや。これはたぶん外れてるな。そうだったら面白いやんって話。はっはっは」


 宮部は急に声のトーンを変えて笑い話にしたが、凛太はぞっとした。自分自身も人に教えようかと思ったことがあったらからだ。


 急に思いもよらぬ話を始める。言いふらした者は消える、そんなことはさすがにこの宮部の勝手な妄想だと思うが。


「俺はな、将来何かを表現する職に就きたいと思ってるんやけどな。本命は役者。だから、面白いこと考えるのは好きなんよ」


「へー。役者ですか」


 たしかにこういう変わり者が目指していそうな職業だった。凛太は聞いてなんだか納得してしまった。宮部なら実際に実力派俳優なんかになってしまいそうだと思った。


 宮部と同じく勘であるがそう思わされる。宮部にはそういう目には見えない大きさみたいなものを感じるところがある。今こうして顔を見合わせていると、整えてないだけでルックスは良いほうだということも気づいた。


 ぼさぼさな髪が逆にワックスで固めたように見えなくもないし、ワイルドな男らしさをしている。目は鋭く、それでいて綺麗な輝きだ。


「だから、このバイトは面白いこと探しにうってつけよ。俺がこのバイトをしている理由はそれ。そんで気になるところは全部真実を知りたいと思っとる」


「面白いこと探し……宮部さんは楽しむ為にこのバイトをやってるんですか」


「そうや。そりゃそうや。このバイトのみならず、俺がやることは全部楽しむためや。人生1回きり、常に楽しいほうに行かなきゃ損やろ」


 その宮部の言葉は凛太の罪で落ち込んだ意識を変えさせる1つになった。聞いた瞬間に心の中をすっきりさせる感覚があって、あとでゆっくりこのことを思い返してみようと思った。


「俺には分かる。兄ちゃんにもあるやろ。このバイトと馬場院長のことで怪しいと思っとること」


「……あ、そういえば前から気になってたんですけど、何でこの病院に来て院長室やバイト準備室に行くまであんまり周りを見ちゃいけないんですかね。バイトに来る最初の日の前から注意されましたよね」


「ああ、それはただのイタズラやで。そう言ったほうが来る人が怖がるやろ。だから適当言ってんねん」


「え、ただのイタズラなんすか」


「あの人そういうところあるからな。これは院長にもう確認済みや。あの人は人怖がらせるの好きやからな。あの人も面白い人よなあ」


「はい。すごい人ですよね。このバイトの人はほとんど皆」


 凛太は皮肉として言った。


「でもな。たぶん全部嘘ではないよな。1個あんねん。病院に怪しい部屋が。誰も使っとるとこ見たことないし、鍵が頑丈にかけられとるんか押しても引いてもびくともせん部屋が。あそこにはきっと見られたくない何かがあると俺は思ってる」


 そんな部屋があったかなと宮部の話を聞いて思っていると、外から悲鳴が聞こえた。この悪夢治療の夢の中で最初に聞こえる悲鳴は大体患者のものだ。


「お、患者さんはあっちか」


 凛太と宮部は話を中断して立ち上がる。

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