第109話 おもしろレストラン
凛太と春山はお互いのことしか見ていなくて、数メートル後方で倒れた男と緊急事態に駆け寄った数名の大人に気付くことは無かった。
夕日を反射する栗色の髪は直接夕日を見るよりも綺麗だと思った。この世のありとあらゆる人達の中で凛太の心の一番上に位置する人物。その人と手を繋ぐタイミングをを見計らってそれ以外のことは目に入らなかった。
手が届いたのは帰りに電車に乗った時だった。平日の帰宅ラッシュの時間帯、人が多い電車内で、何も言わずに隣に立っている間だけの短い至福だった。
夢の中で化け物から逃げる時に手を引いたのとは訳が違う。同じ感触を体が受け取っても、状況や気持ちによって感じるものは違うものだ。
「あった。ここ」
「え、ここってレストランだったの?」
「うん。ぱっと見どういう店なのか分かんないよね」
「目立つから印象には残ってたけど、そうだったんだ」
レストランに着いた時も2人の熱は全く冷めていなかった。ちょっと街に出て来ただけなのに旅行に来た時のようだった。
「予約してた草部です」
入店したのはデザインがまるで中世の城のようなレストラン。灰色の石レンガに名も知らない観葉植物や旗が取り付けられた建物に入ると、中でも外の通りのそれとは全く違った景色が広がる。
例え話ではなく本当にワープできるドアをくぐって遥か遠い国まできたような。それも、今まで全く見たことが無いような。照明は暗めでキャンドルが洋風な家具を照らす。無駄にくねくねした諸々の装飾達。そう、あれはロウソクではなくキャンドルだ。
「ええ。やばいな。こんなとこ初めて来た私」
「俺も慣れた風にしてるけど、実は初めてだよ」
「そうなの。見栄張ってたんだ。何回も来たことある感じに見えてた」
「うん。演じてた」
「ははっ」
「ほんとすごいね。緊張するな」
案内された席の周りには壁に埋め込まれる形で大量の本棚があった。魔法学校のようにも見えた。
「しかもここね。料理運ばれてきたら分かると思うけどちょっと料理のジャンルも奇抜で」
「うん。ちょっと通ってきたテーブルチラ見したり匂いとかで私も感づいてるけど、ここって中華なの?」
「そう。おかしいっしょ」
「何でそうなったんだろ。でも面白い。めっちゃ餃子の匂いする。お腹すいてきた」
凛太が選んでいたのは見た目洋風の中華レストランだった。凛太も初めはそうとは知らなかったが調べた時、これは絶対春山も喜ぶと1人で盛り上がった。そして実際にかなり良い感触だった。この店は面白い。
味もお値段がするだけあってそんじょそこらの中華とは違う味がした。コクや深みみたいなものが全く違う。エビチリに使われているエビも何エビか知らないがでかかった。
「んん。このスープもめちゃくちゃおいしい」
「おいしいね。これもこれも旨いわ」
凛太と春山の初めてのデートは文句なしで成功に終わった。告白も視野に入れていたが、その日は店を出るとそれで終わりにした。この相手とは大切に大切にいきたかった。3回目のデートで場所を選んで告白するとか、ちゃんとした恋愛をしたかった。
店を出た時には、ドアが閉まると同時にまた1人男が店内で倒れていた。
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